コンピュータ環境 (1999/12)

1999.12. 2.へ

基本の環境はこちら

1999年11月の環境
2000年 1月の環境
戻る


時系列・環境の変遷


 

1999.12.27 (Mon.)
Frederika の M/B に見切りをつける

 金曜日にエプソンダイレクトに電話した結果に基づいてディスケットの起動を試みたところ、これにも失敗しました。そこで、エンデバの M/B はあきらめることにしました。しかし、NLX 規格で P5-133、EDO 80 MBという構成はもう使いみちがありません。
 しかたがないので日曜日に魔の街で筐体、M/B、CPU、ファン、メモリ (64 MB)、グラフィクス・ボードをこうにうしてきました。しかし、K6-2 450 MHz の CPU と ATI 4MB のグラフィクス・ボードは Grace にいただき、かわりに Grace から K6-266 改 333 MHz の CPU とかのぷす 4 MBグラフィクス・ボードをひき抜きました。
 Frederika からはディスケット・ドライブ、CD-ROM、2台の HDD、SB-16、NIC をはずし、ディスプレイ、キー・ボード、マウスは流用します。
 先日こうにうした GIGABYTE の、同じ M/B に K6-266 MHz をつけて、64 MB の DIMM とグラフィクス・ボードをさし、筐体に取りつけずに電源とスイッチ・コードだけ結線してためしてみました。最初、やはり映像信号が来ませんでしたが、なんどかジャンパを変えてやりなおしたりグラフィクス・ボードのさしこみ口をぐりぐりと動かしたりしているうちに無事起動に成功しました。
 それからあらためてM/Bを筐体に取り付け、全部の接続を終わらせて起動実験して、うまくいったので例によってだんだんとクロックを上げていき、333 MHz まで成功しました。その上は 66 MHz * 5.5 の 366 MHz でしたが、これはだめでした。
 続いてインストール済みの窓の起動にかかりましたが、なにかエラーを起こして先に進まないので、これはおそらく BIOS (AMI → AWARD) とかチップ・セットとか変わったためではないかと想像し、ディスケットから起動して起動用区画を初期化し、窓の再インストールをすることにしてこれは宿題になりました。

 何回か前の書き込みで、「PCのアイデンティティがどーのこーの」と書きましたが、その時の定義によれば M/B と CPU を交換したこの機体はもやは Frederika ではないということになります。
 だいぶ悩みましたが、結局それにしたがって命名することとし、先日作成したほうを Harry、今回 Frederika から作りなおした方を Iris としました。
 Grace は CPU を2回換装することになりますが、これはそのままとします。

 しかし…なぜここまで Socket 7 にこだわる?<自分
 後悔してないか?<自分
 考えなお…すのはもう遅いか(笑)
 まあ、これで少なくとも Grace はいつも最高速・最大メモリを確保できるわなぁ((木玄火暴))

1999.12.24 (Fre.)
FIC の続きはお手上げ

でした。AGP のグラフィクス・ボード (ATI) を試したのですが、かのぷすのPCI同様映像信号は来ませんでした。
 この期に及び、ついにギブ・アップして FIC の M/B を譲ってくれた友人にHELP。本体丸ごと持ち込んで、ともかく動かしてもらうことに。
 年内の稼働は無理っぽいです。

 Frederika についても若干の進展がありました。内蔵していた 2 台の HDD を、Grace に取りつけて検査したところ、BIOS で認識し、ノートン先生に診断してもらいましたが何のエラーもありませんでした。
 その結果を持ってエプソンダイレクトに電話。症状を相談しました。
 (中略)「フロッピーでは起動できますか」「はい」「では、フロッピーから起動して、FDISK で HDD が見えるかどうかためしてください。そして、見えたら再度領域確保して初期化してください」「わかりました」
 そして、もしも FDISK で HDD が見えなかったら、それは故障だということになりました。
 しかし…故障ということになると、松本(修理センターのある場所)までの輸送費とか含めた、対費用効果が疑問です。
 FDISK で見えるといいのですが…以下次号
1999.12.27へ

1999.12.21 (Tue.)
職場のあぷちば、窓から Office 97 から再インストールの嵐

 が吹き荒れました。
 実は、せんしうこのマシンに VISIO という図版作成支援そうとをインストールしたのです。さあそれから大変なことになりました。
 もともとが調子のよい方ではなかったのが、ますますご乱心めされてしまい、凍るわ青色画面は出すわフォントは死ぬわ遅くなるわメモリ不足のアプリ起動失敗は日常茶飯事ノートンクラッシュガードは大活躍起動時の SCANDISK もまた同様と、もうこれでもかというくらいの麻薬中毒状態。
 システムの不安定さを解消するために、まず95式窓の再インストールを試みました。OSR2 で「修復セットアップ」のオプション画面を表示しましたから、Setup もシステムの異状を探知したのはまちがいありません。
 作業そのものは順調に終わって、さて使いはじめて見ると最初はよかったのですがすぐに前と同様の状況に逆戻り。特に、「文」というフォントを表示しないのが無気味で((汗))「新規・書」とか「48,336・字」とか表示されるんですよ。恐くない?
 では次は、と Office 97 の再インストール。ところがところが、一番最後のレジストリの登録の段になって「失敗したぞ」というメッセージボックスを3回表示し、正常なインストールはできないままに終了してしまいました。
 ところが動かしてみると、一応ちゃんと動くんですね、これが…
 本来ならばここであきらめて HDD の初期化からやり直すのが筋なのですが、残念ながら〆切が押していたこともあってその作業は見送り、ともかくだましだまし使うことにしたのです。それで一晩作業して(といっても9時半までですが)、今日になってまだ調子が悪いので、ともかく作業内容はできたところまでで納品してしまい、もういっぺん95式窓の再インストールをやってみたところです。
 いやあ VISIO がこれほど根性の悪いそうとと知っていたら、Power Point でやったのにね。客先からの指定だったから、しかたがなかったのです。

 ところで久しぶりに95式窓のインストールをやっていて、すっかり忘れていた窓 Setup の間抜けな仕様にぶち当たってしまいました。
 95式窓は CD-ROM のデバイス・ドライバなしで CD-ROM を認識できますが、Setup の最中は一時的に CD-ROM が見えなくなるのですね。95式窓は、セット・アップ中に、Config.sys と Autoexec.bat から CD-ROM 関係のデバイス・ドライバ記述を勝手にコメント・アウトします。
 そして、そのセット・アップの過程で2回、自動的に再起動を実行します。その2回のうち、最初の再起動の直後は、まだセット・アップが完全に終わっていないとみえ、その段階では CD-ROM が認識できていないのです。そして、2回目の再起動の後、初めてちゃんと認識するようになります。
 で、ですね。
 この、1回目の再起動後に、セット・アップは、使用しているATIのグラフィクス・ボードのドライバが必要だと訴えるのですよ(笑)。
 しかも、「このプログラムは、ATI から CD-ROM で提供されています」なんてメッセージまで出しちゃってさ(爆笑の嵐)。
 メディアは CD-ROM でちゃんと手元に持っています。でも、その時点ではシステムは CD-ROM を認識できないのです。
 Config.sys も Autoexec.bat も、デバイス・ドライバの記述をコメント・アウトしちゃってるんだもの。
 しかたがないからその段階では「キャンセル」選んで、そのまま進めて、セット・アップが再起動するにまかせ、2度目の再起動の後、もういっぺん表示される同じメッセージで、初めて CD-ROM からの読み込みができるというわけ。
 昔は1回目の再起動後にむりやり割り込んで DOS プロンプトにして、Config.sys と Autoexec.bat のコメント・アウトをわざわざはずしてから処理を続行させたりしたこともありました。ううむ、思い出してしまったぞ。
 で、今回は猿も猿なりに学習するわけです。
 CD-ROM の Win95 フォルダを C: のサブ・フォルダに複写しちゃいました((木玄火暴))。

 いずれにしても、この仕事が終わったら、HDD は初期化してから全部再インストールして、そのとき VISIO は入れないようにするつもりです。

 昼休みにビッグ・カメラに行って、ALPS 互換の CITIZEN プリンタ用のカラー・リボンを3色5本ずつ、黒を3本かって来ました。今年は自宅で年賀状を印刷しようかと思っているので、その準備です。

 FIC の続きは 23 日の予定なので、結果が出たらまた続きを書きます。
1999.12.24へ

1999.12.20 (Mon.)
 FIC の M/B で大騒ぎ(未完)

 このところ書き込みがとだえていたのは、忙しくてメンテする暇がなかったからです。
 友人が、Packard Bell の P150/16 MB のマシンが遅い(当たり前)というので、思い付いて FIC の M/B と中古の K6-233、筐体、メモリと増量 HDD は新品で計50K弱で組みなおして見たらと提案したら、「じゃやってえ」ということになったのです。
 さっそく、筐体、CPU (中古の) K6-233、ファン、DIMM メモリ (64 MB)、増設用 HDD を買い求め、手元の FIC の M/B とカノープスのグラフィクス・ボードを持参して友人宅に向かいました。
 Packerd Bell から、ディスケット、CD-ROM、HDD、Sound/MODEM ボードを剥がして、筐体、CPU、SIMM は捨てます。
 これを全部組んでみたところ、先日自宅で組んだ時よりもっとひどく、電源を入れても通電しないではありませんか。
 しかたなく、筐体をこうにうした販売店に持ち込んで見てもらいました。
 問題点はふたつありました。
 ・ ファンが、もっと分厚い CPU 用に設計されていて、K6 につけると、足が浮いてしまう。そう、ファンはまず、Packerd Bell の P-150 についていたのを剥がして使っていたのです。これはこうにうした分を使うことにしました。
 ・ CPU 電圧の設定ジャンパが間違っていた。これはくわしく聞きませんでしたが、K6-233 には 2.1 V と 2.2 V 仕様があるのではないかと想像します。そして、マニュアルの設定早見表に記載されていたジャンパは、たまたまこうにうしたCPUと違う電圧の例だったのではないでしょうか。だってだってだって、ジャンパを設定したとき、間違ってないかどうか一応確認はしたんだよ。
 販売店に持ち込んだときには、ボードやドライブ、HDD などは全部はずしていたので、販売店で用意してくれたグラフィクス・ボードをさして画面にメッセージが出ることを確認して意気揚々と持ち帰りました。そしてペリフェラルを全部つけなおして電源投入すると…たしかに通電しましたが映像が出ません。
 あまつさえきな臭い匂いがして煙が出ました!
 あわてて電源プラグを引き抜き、内部を除きこんで調べてみたら、ディスケットの電源コードの赤い線が溶けてプラグを抜いてみたらドライブ内のピンも一本折れていました。もう使えません。どうも、電源プラグをさしたとき、上下間違えたみたいです。そういうの、あり?普通、はいらないよね((汗))。
 ドライブはもう1台捨ててあった466の太古のマシンからサルベージしてつけなおし、電源は販売店に出向いて分岐コードを買ってきて今度は上下を慎重に調べて結線しました。
 そして、グラフィクス・ボードは PCI スロットの位置を変えて電源投入。
 ディスケットから煙はふきませんでしたが映像はあいかわらず表示しません。また、ディスケット・ドライブのパワー・ランプが点灯したままです。
 ディスケット・ドライブの点灯しっぱなしはバス線が左右逆差しになっていると出現することを知っていましたので、これはすぐになおせました。しかし、映像信号が来ない原因はわかりません。自宅で組んだときは、この時点であきらめてM/Bを買いなおし、CPUも変更したのでした。
 しかし今回は別のグラフィクス・ボードを試してみることにしました。今度の木曜日に再挑戦です。
 以上のような作業を休日の合間合間にやっていたので結局のべ3日かかってまだうごいていないという体たらくです。ううむ、FIC の M/B はどうも相性が悪いようで。このM/Bを売ってくれた友人からは、同じ FIC の M/B のバージョン・アップ版が1枚余っているからどうかという話しをもらっていたのですが、今回は遠慮したのでした。

 ところで、サルベージに使用した太古の 466 マシンは、友人のご厚意で頂戴することができました。といっても、使えそうなものといったら CD-ROM くらいしかありません。その CD-ROM も、怪しげな ISA-BUS のボードから出た BUS につながっていて、もしかしたらIDEですらない可能性が…ううむ、とんだ粗大ごみを抱え込んだのかもしれないと後悔の念もちょっぴりあります。
1999.12.21へ

1999.12.13 (Mon.)
コンピュータのアイデンティティについて考える

 というほどおおげさな問題ではないのですが。

 作りかけていた新古の PC を仕上げるにあたって大騒ぎをしました。全部結線して電源投入すると、ディスプレイに信号が来ないのです。何度も調べて確かめましたが、結局動きません。
 その時の問題は、FIC の M/B が K6-266 をサポートしていないためとわかりました。fic.com.tw に行って(ちなみに、fic.com は全然関係ない会社でした)調べてみると、問題の M/B の Q/A の FAQ の1行目に「AMD K6-266をサポートしていますか?」という質問があり、堂々と「NO」と書いてあるではありませんか(涙)。
 こんなこと、最初に確認しておけばよかった、なんて言っても後の祭りです。これが土曜日の夜のこと。
 日曜日に魔の街に行って、GIGABYTE の M/B を JPY 8.8K + VAT でこうにうしました。店員さんに、「K6-266 をサポートしていますか」と念を押して、問題ないということをマニュアルで確認しました。
 持って帰ってきて組み立てて、電源を投入すると、やっぱりだめ…
 もう、どうしたらいいのかわからなくなりましたが、最後の手段と Grace から K6-2 333 を抜いて差し替えてみました。クロックを 100 * 3.5 にして電源を入れると…動きました!
 いったん動いてしまえばこっちのものとばかり、ろくに接続していなかった IDE やディスケットのバス、SB16 や NIC など手当たり次第につなぎこんで筐体を閉めて完成…と思いましたが、最後にディスケットのパイロットが点灯しっぱなしで、95式窓の設定〜システムではドライブを認識しているのに、エクスプローラではメディアを入れて読み書きしようとすると「準備ができていません」と抗議されることに気づきました。
 でももう疲れたので後は明日、と今日の作業はそこでいったん終了。
 もともと正常に動作したあと、266 MHz からどこまでクロック・アップできるか試すつもりでしたが、家族は思いもよらず 350 MHzまで上がったのでほくほく顔です。

 いったい、この CPU と M/B のトラブルは何だったんでしょう。相性でしょうか。こんなこと初めてです…もとい。去年 Grace を組んだとき、1.98 K でこうにうした NIC が使えなかったことを思い出しました。その NIC は、Frederika でも家族のあぷちばでも動いたのです。ううむ、やっぱり相性かなあ…
 ちなみに、K6-266 は、Grace で、66 * 5 (333 MHz) までクロック・アップしてなお駆動に成功、そのまま運用することにしました。
 実は、この K6-266 を Grace に入れるときにもひと騒ぎあったのね((爆笑))。
 CPU がソケットにはいらないのです。「そんなばかな…」とぎゅうぎゅう押してみましたがびくともしません。そのうちに、片側だけすとんとはいりましたが、反対側がはいりません。やがて、反対側全面がはいらないのではなく、角のところだけはいらないということに気がつきました。
 そこで、天井灯のほかに卓上灯をつけて、目を凝らしてみたところ、ピンが曲がっている!
 少し悩みましたが、「失敗したら買えばいい」とプラスの細いドライバを出して、ピンをプラスの角の窪みに引っかけて、方向をそろえてみました。
 一本直してためして、まだだめで、また捜して、一本直してためしてということをくり返し、結局一番外側のピンを計4本、なおして、ついにすとんとはいりました。
M/B のジャンパを 66 * 4 (266 MHz) に設定してあることをもういっぺん確認して、電源投入すると、ピッという音とともに何事もなく"K6-266 MHz"の表示が…電源切断、M/Bのジャンパを 4.5 に再設定して電源投入、画面の 300 MHz を確認して電源切断、ジャンパを5に変えて電源投入…画面には 333 MHz の文字が表示され、95式窓が何事もなく起動しました。
 しかし…どういうわけか画面サイズが 1152 * 864 になっていて、これを 1280 * 1024 にすると、256 色しか表示できなくなってしまいました。どうしたんだよう、K6-2のときは 16 bit カラーまでいったのにぃ。かなり悩みましたがとりあえず画面サイズを優先して 1280 * 1024 にしました。どうしてくれるんだよう、うるうるうる(涙)
 それにしてもいつのまにピンが曲がってしまったのでしょう… FIC の M/B にも、GIGABYTE の M/B にも何の問題もなくはいっていたのに。
 まあ、結果オーライではありましたが。

 結局、350 MHz は家族に取られ、Grace は 333 MHz にダウン、色数も 256 色になってしまいました。今後の増強作戦を立て直さないといけません。まずいことに、CPUを上げるにせよ、グラフィクス・ボードを上げるにせよ、どうしても余る部品が出てきてしまいます。困った、これではまた新しい機体を組みたくなっちゃうぢゃないか((木玄火暴))

 と、いうわけで表題にもどるのですが、CPU を差し替えた Grace は、それでも Grace なのかという問題です。コンピュータに魂はありませんから(そうかな?)、どこまで元の部品が残っていたら元のままなのかは、要するに持ち主の意識次第と言ってしまえばそれまでではあります。
 とはいえ、そこで重要になるのはやはり M/B と CPU ではないでしょうか。この両方が別物になったら、もう元のコンピュータではないのではないかというのがわたしのしゅちょうです。で、ここで思い当たったのが筐体。
 筐体をこの最重要要素に含めるぺきかどうかに対する姿勢で、その人のコンピュータに対する考え方がうかがえるのではないかと思います。
 わたしは多分、筐体だけ入れ換えても本質は変らないと思います。つまり、他の周辺機器と同じ扱いですね。
 しかし、人によっては、筐体だけ入れ換えても別の機体になったと思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 また、HDD のデータを入れ換えたら別の機体になると主張される方もいらっしゃるかもしれません。
 このへん、突き詰めていくと恐い気がするので、やめておきます。

 さて、FIC の M/B が余ってしまいましたが、これはまた別途使いみちを考えることにします。一応、あてはあるんだけど、それは決まったら書き込みますね。
1999.12.20へ

1999.12. 9 (Thu.)
続・HDD の容量が減っていく

 初期化して最初にデータを入れたときに 46 MB あった F: の空き容量は、今や 27.5 MB になりました。いれてある(つもりの)データ量に大きな変動はなく、フォルダひとつずつのプロパティで計数した容量をたしていくと、49.5 MB なので、のこり 50.5 MB あるとして、約 23 MB が、謎の領域として確保されています。なんだろう、ウィルスだろうか…こわいよう
1999.12.13へ

1999.12. 8 (Wed.)
新古マシンを組みはじめる

 コミケ合わせも終わってやっと時間が取れるようになったので、半年かかって買い集めたパーツを組みはじめました。今日は、M/B に CPU とメモリを装着してジャンパを設定し、ケースに収めてから 3.5 inch ディスケット・ドライブと CD-ROM ドライブを結線しました。
 M/B は FIC の Soket 7 で、66 MHz。4.5 倍までは保証しているので、K6-266 で動いたらクロックを上げてみようかな、なんて思っています。BIOS は AWARD でした。メモリは DIMM の 32 MB と 64 MB を各 1 枚で、計 96 MB。3.5 inch は無印バルクで CD-ROM は Creative の 48 倍速のバルクです。
 今日の作業はここまでで、続きはもう少し時間のあるときに一気にやってまうつもりです。
 家族の Aptiva から、HDD、ATI のグラフィクス・ボード、SB-16 を抜いて、NIC といっしょに組み込んで動作試験まで。多分、土曜日の夜か、日曜日になるでしょう。どちらも結構予定入っていたりするのですが。

 おお、そうぢゃ Frederika の診断も始めねば…
1999.12. 9へ

1999.12. 6 (Tue.)
魔の街の状況

 一番のトピックは DIMM メモリの値下がりでしょう。128 MB cl2 が一気に15Kを切りました。年末に向かってのセールと国際市況の軟化が原因と思われます。
1999.12. 8へ

1999.12. 2 (Thu.)
職場の Aptiva の HDD 容量が減っていく

 これは以前にもあったことなのですが、100 MB 確保してある HDD の容量が原因不明のままに減っていくのです。
 このドライブは、持ち歩いているZipがあまりにたびたび飛ぶので、毎朝最初に Zip の内容をそのまま複写して作業し、帰宅時に Zip に書き戻すために作ったのでした。日中、Zip ディスクはスロットから取り出してあるというわけです。
 ですから、原則としてF:の空き容量は、G: (Zip) の空き容量とほとんど同じはずです。
 ところが最近、F: の空き容量が 10 MB を切り、一方 Zip の方は 40 MB 近くあるという状況で、ごみ箱を空にしたり、大きなファイルを削除したりしてしのいでいましたが、残り 1.6 MB という惨状ではどうしようもなくなりました。
 そこで、エクスプローラのプロパティで、フォルダ容量を紙に写してたしてみたところ、30 MB 前後しかないことがわかりました。これは変だ、さふいえば、半年くらい前にもこのようなことがあったということをはたと思い出しました。そこで、F: の内容を全部E:のサブ・フォルダに待避して初期化を試みましたが、「使用中だ」と初期化を拒否されました。
 普段ならここであきらめますが、今回はもう後がないので窓を終了させてMS-DOSにはいり、コマンド・ラインから format f: を実行して初期化しました。
 再起動して待避したデータを書き戻したところ、f: の空きは 46 MB になりました。つまり、エクスプローラには表示されない、なにかが 40 MB 近くディスクを専有していたことになります。エクスプローラのオプションでは、「すべてのファイルを表示」にしてありますので、これは単なる隠しファイルやシステム・ファイルではありません。きっと、窓が勝手に f: に何か作っていて、システム・レベルで専有しているために、窓のモードからは f: が初期化できないのではないかと想像していますが原因はわかりません。
 今後、f: には巨大なデータをおかないようにして、空き容量がどんなパタンで減っていくのかを確かめようと思っています。急激に減れば、何か巨大データが「ぽん」と作られたわけで、トリガーになったものがわかるかもしれません。徐々に減れば、恒常的になにかたまっていっているのではないかと想像され、原因はまったく不明ということになります。
 ともかく気味が悪いことには間違いありません。システムのはいっているc:や、窓のプログラムのはいっているd:は無理としても、データしかはいっていないe:はいっぺん初期化して空き容量が変るかどうか確かめてみたい気はします。とはいえ、e: は約 2 GB の容量で、半分は使用中なので、どこにデータを待避させるかも問題です。ネットワーク経由で一時的にサーバに置かせてもらうしかないか…あ、2枚に分けて MO
1999.12. 6へ

最初に戻る
戻る