コンピュータ環境 (1999/4)

1999. 4. 7.へ

基本の環境はこちら

1999年3月の環境
1999年5月の環境
戻る


時系列・環境の変遷


1999. 4.28
 中古 MB をにうしゅしました

 同僚のがらくた市の成果です。FIC の PA2012 というボードで、\1.5k でした。
 箱・日本語解説書・ドライバ付きで、にこにこして開いてみたら DIMM 仕様。「なんじゃあ、こりゃあ。メモリ買わにゃいかんのぉ!?」とおたおたしていたら後ろを通りかかった別の同僚が「をを、自分のと同じ MB だ」「メモリが DIMM ですぅ。てっきり SIMM だと思っていたのに」「…32MB なら、1本余ってますよ」「それ、おいくら万円?」「\2k、なら」「手を打とうぢゃないですか」「連休明けになりますよ」「それでいいです、急いでないから」ということになりました。
 捨てる神あれば拾う神あり、を地で行ったような話しです。
 何のあてもなくて買った MB ですが、これで昨年来の Lunix マシン構築が一気に現実味を帯びてきました。
 とはいえ、CPU, HDD, Video Card, CD-ROM, diskette drive, 筐体くらいは買い足さないといけないのだなあ。道は長いなあ。

 話しは変わりますが、昨日の HDD 初期化騒ぎで、金曜日の作業をバック・アップしてなく、全部飛ばしてしまったことが判明しました(・_;
 なにもかも ZIP で作業していた*筈*と思いこんでいたのが敗因。たったひとつの例外が狙い撃ちしたように金曜日の作業だったというわけです。
 今、思い出しながら再構築していますが、全部 ZIP で作業中です。

 さらに話しは続くこととなりました。
 突然、ZIP が丸ごと飛んでしまいました((木玄火暴))。あわてて Norton Disk Doctor に出動を依頼しましたが修復に失敗しました。不幸中の幸いは、飛んだときに金曜日のやりなおしをちょうど作業中でオープンしていたこと。エクスプローラで ZIP のエントリが全部消えてしまったので、システム異状かと思い再起動したのですが、その直前に「エントリの消えた ZIP に書き戻すのは危険だな」と思って別のドライブに保存しておいたのでした。
 再起動しても見えないので Norton Disk Doctor に依頼したわけですが、第 1 FAT と第 2 FAT が違っていることまでは探知したものの、全体の半分弱のファイルを回復して残りはだめでした。
 EXCEL で記述している日報、週報、月報のたぐいが全滅しました。自宅にバック・アップがありますので、今朝から更新した分だけが完全に消滅したわけです。
 この書き込みも、ロスト・クラスタをファイルに変換したものをひとつずつチェックして探し出したファイルに書き足しています。ちなみに、この下の部分は見つかりませんでしたから、バック・アップに追加してアップロードします。
 悪夢のような週です。こういうことも、あるんだなあと思いました。

1999. 4.27
 職場の Aptiva の HDD とメモリを増量しました

 結局月曜日の朝の査問会(といっても、出席者は3人)で予算がつきました。でも、内容は 4.3 GB のハード・ディスクと 128 MB メモリだけで、ゲタは却下されました。残念です。
 ともかく同僚の機械と合計5台分のハード・ディスクとメモリをこうにうして、午後一杯かかって装着しました。
 同僚は比較的順調に進みましたが、わたしの Aptiva は、メモリはすんなり認識したものの、増設したハード・ディスクの存在そのものを認識してくれません。BIOS で検出してくれないまま何度も IPL をくり返しているうちに、はたと既存のハード・ディスクから起動しなくなってしまいました。
 ディスケットからは正常に起動し、既存の C: の中ものぞけるし、中の EXE も動きます。しかしハード・ディスクからは起動してくれません。
 しかたがないのでハード・ディスクを初期化しました。
 それでも増設したハード・ディスクを認識しません。
 次に、IDE フラット・ケーブルの結線を調べました。ここで、大変な発見をしました。普通、IDE フラット・ケーブルってものは、一番端が MB のソケットにささっていて、反対側の端がマスタ・ディスクに、途中のコンセントがスレーブ・ディスクにささっているものと思っていたのですが(ちがってます?)、この Aptiva は、途中のコンセントが MB にささっていて、両端がそれぞれマスタとスレーブにささっていたのです。
 ぶつぶつ言いながらこれをなおして起動しなおすと、それが奏功したかどうかわかりませんが、ともかく BIOS で認識してくれました\(^^)/
 容量が 30 MB になっています…
 汗をかきながら領域確保に入ると、正しく 4.3 GB 認識してくれました。30 MB と表示したのは、BIOS だましがきいていないのが原因でしょう。
 基本区画と拡張区画と 2 GB ずつ取ったら、22 MB 残りました(笑)。しかたがないのでこれも拡張ドライブにします。何に使えというのだろう。
 Windows と Norton Utilities を入れたところで月曜日はゲーム・セットとして、今日は言語や Office、各種ユーティリティをインストールして1日が暮れました。
 1月で Windows を2回飛ばしたのは、さすがに初めてかもしれない。
 ともかく壁紙チェンジャーははずしました。あれの短所は、壁紙のワークを入れてあるドライブがあっというまに断片化することです。去年の7月に使いはじめて1回も断片化しなかった C ドライブが、壁紙チェンジャを入れて3日で警告を出されました。
 今は、手動で直接壁紙を指定することで妥協しています。
 ハード・ディスクが広くなったのは精神衛生上いいですが、メモリが 128 MB になったことで操作性がなにか変わったかどうかは体感できません。まあ、こんなものでしょう、メモリは。
1999. 4.28へ

1999. 4.23
 職場の Aptiva のディスプレイ・プロパティを変更しました

 ためしてみましたら、1280 * 1024 ドットで 24 ビット・トゥルー・カラーが使えることが分かりましたのでそのように設定しました。これで、Grace よりきれいになりました。
 意外なことに、カードを追加してからディスプレイの色ぶれが根絶してしまいました。追加以来、一度も色ぶれを起こしていません。すると、壊れていたのはディスプレイではなくて、グラフィクス・チップだったのだろうか。ディスプレイの新品への交換はできなくなりそうですが、別に現行機種に不満があっての交換ではありませんから、ちゃんと動いてくれれば問題ありません。逆に、壊れたと思って新品のディスブレイをこうにうして、また色ぶれを起こしていたら問題になるところでした。
 というわけで、色はきれいになったのはいいのですが、新たな問題が生じました。

 遅い。

 本当に遅くなりました(爆笑の嵐)。これまでは256色できびきび動いていたのが、24 ビット・カラーになって実に遅い。壁紙を張り替えるあいだは、1秒からどうかすると5秒近く入力を受けつけなくなってしまいます。
 最初は「凍ったか!?」と思わされるほど驚きましたが、おろおろしているうちに復旧し、くり返し経験しているうちに重いだけだということが分かってきました。
 ビデオ・カードを入れたことで、マシンの全体的なバランスが狂ってしまったわけです。これまでは 120 MHz のぺんちあむでも、80 MB メモリを積んでいたので特に不自由は感じていませんでしたが、これでは使い物になりません(っていうのはちょっちおおげさかな)。
 また、常駐物がどんどんどんどんと増えてきてユーザ・リソースを食いつぶし、残りリソースが 20% をきることもめずらしくなくなりました。これには、ビデオ・カードのドライバも一枚かんでいます。なんでビデオ・ドライバが常駐しないといけないのか分かりませんが、画面右下のタスク・トレイに居座っています。今や、タスク・トレイのアイコンは9個になりました((木玄火暴))。
 実は以前からディスプレイがらみで会社側に対して機器のバージョン・アップを要請しており、月曜日にそのための査問会が予定されています。ゲタ+メモリ+HDDで約7万円なので、ディスプレイと引き換えに獲得してくるつもりです。どうなるかはらいしうの書き込みをお楽しみに。
1999. 4.27へ

1999. 4.19
 1. 職場の Aptiva に 4MB のビデオ・カードを入れました
 2. Adobe Acrobatをこうにうしました

1. この Aptiva には、もともとオン・ボードで 1MB のビデオチップがついていました。1024 * 768 ドットで 256 色表示します。
 通常の使い方なら、まこれで何の問題もないのですが、ちょっとグラフィクスに凝りたいな、と思うといかにも非力です。おりから、ディスプレイの調子が悪くなってきて、眺めている間に全体の色調が白〜紫〜青、などと七変化してくれます。
 予算をとって、「壊れたら、交換可」ということになりましたので、おもむろに引導を渡す算段を始めました。
 画面がよりダイナミックにひんぱんに書き変われば、ストレスも増えて寿命にも影響するだろうというわけで、壁紙チェンジャーを入れました。グラフィクスも130枚くらい設定してぞろぞろと表示させるようにして。
 ところが落としてきたグラフィクスがでかいのやら多色使ってるやらいろいろとありまして、中には汚い表示するものもありまして困っていましたら、同僚が「売ってあげましょう」
 中古の ATI の 4MB、PCI カードを「格安」でゆずってもらいました。
 Aptiva のマニュアルによれば、オン・ボードのチップは、追加のカードを自動認識して自動的に作動停止するそうで、これは楽。ちなみに、宅の Frederika は、ジャンパを操作する必要があります。意外と安い機械なのかもしれないと思う今日この頃です。
 アップグレードした Aptiva は、1280 * 1024 ドット、16 ビットカラーで快適に使用中です。ちなみにこの値は自宅の Grace と同じなのでますます都合がいいです。

2. このページで自作紹介を始めるにあたり、いったいどんな形式で配布したらいいのか決めあぐねてお友達に電話しました。その結果、「やっぱり PDF だね」という結論に至ったわけです。新宿のヨドバシカメラで JPY27,000.- + VAT でした。
 さっそく職場の Aptiva にインストールしてみましたが、使い方は簡単でなかなか便利です。インストールすると、仮想プリンタが1台増えて(ちょうど Microsoft FAX みたいに)、その Acrobat プリンタに印刷(出力)すると、それが PDF ファイルになるのです。複数のグラフィクスをまとめて PDF ファイルにする方法は今のところ分かっていないので、1枚ずつ作って、あとから Acrobat でつなぎ合わせる予定です。
1999. 4.23へ

1999. 4.16
 「医者からもらった薬の分かるCD」の謎が解けました

 このCDは、こうにうしてから薬の検索ができず、販売元のNECに問い合わせても「こちらではできます」ということでその原因が分かっていませんでした。
 帰宅して、ふと思い立ってその原因を調査し始めました。やはり検索しても何もヒットしません。また、マニュアルにある画面ともイメージが違っていました(マニュアルには記述されている、検索窓の下の結果表示窓が最初から表示されていない)。  CDに欠陥があるかどうかを調べようと、エクスプローラでCDを開いて中をのぞいてみました。よくわかりませんが、必要なデータはありそうな雰囲気です…自信ないけど。
 CDに欠陥がなければ、設定の問題です。
 そこで、もういっぺん検索をかけて、何も表示しない画面を穴の開くほど見つめていたところ、ついに見つけました!画面下端のステイタス行に、「JAVAほにゃらら」という文字列を。
 わたしは不用意に変なプログラムをダウンロードしないように、ネットスケープナビゲータの「JAVAを有効にする」、「JAVASCRIPTを有効にする」のチェック・ボックスにチェックを入れていなかったのです。
 両方にチェックを入れてネットスケープナビゲータを再起動すると、めでたく検索で商品名などヒットするようになりました。
 このような設定についての情報はマニュアルのどこかに記載されているのかもしれませんがまだ確認していません。もしも記載されていないのだとしたら、ぜひ、大書きしてもらいたいと思います。
1999. 4.19へ

1999. 4. 7
 勤務先の Aptiva が飛んでしまいました

 久しぶりに作業している Aptiva の HDD のデータを全部 IDE ZIP にバックアップした直後でした。不幸中の幸いとはこの事です。なんでそういうことをしたのか覚えていませんが、システムを再起動したら「Win.Comがないのでウィンドウズを立ち上げられません」というメッセージを表示して、DOS プロンプトで止まってしまいました。Dir でウィンドウズ・フォルダの中を見てみたら、エントリが10そこらしかありません。残りは全部、きれいに消滅していました。
 原因は不明です。
 しかたがないので DOS で初期化してからアプリケーションを全部入れなおすことにしました。実はこのマシンは Windows インストール済みの状態で渡されたもので、工場出しの状態ともまた違っており、たとえば HDD には DOS コマンドはほとんどはいっていないし、CD-ROM のドライバも存在しておらず、ドライバ・ディスケットもありませんでした。
 しかし世の中はよくしたもので、同じ Aptiva が自宅の家族の部屋に鎮座しています。そのマシンに Windows を入れなおすのに作ったシステム・ディスケットも壊さずに残っています。と、いうわけで、そのディスケットと、そのディスケットを作るのに使った DOS/V 6.2 のマスター・ディスケットを使用して無事 HDD を初期化し、CD-ROM も読める状態で DOS のセットアップを完了しました。
 後は単調な作業のくり返しで何枚かの CD-ROM と何枚かのディスケットからプログラムをインストールして、バックアップの ZIP からデータをもどして完了です。半日以上かかりました。
 原因はいくつか考えられますが、「対外的」には先月の開発中に、C の使い方が悪くて何度かシステムを凍らせてしまい、仕方なしに電源コードを引き抜いて再起動することをくり返していたので、それが遠因になったのだということにしておきます((汗))。

1999. 4.16へ


最初に戻る
戻る