コンピュータ環境 (1999/3)

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時系列・環境の変遷


1999. 3. 25
 Frederika のプリンタを共有可能にしました。

 せっかくネットワークでつながっているのだから、2階の VP-1000 も、居間の Citizen も、ネットワークで共有しようというわけです。VP-1000 は白黒、Citizen はカラーなのでうまく使い分けられるのではないかと期待しています。さて Frederika のネットワーク設定でファイルとプリンタの共有にチェックして、いったんは共有できるようにして、Grace のネットワーク・プリンタとして Citizen をインストールできていたのです(過去形がミソ)。
 それで、Grace から印刷しようとするのですがエラーを起こしてしまい、「変だ、この前はできていたのに」
 実は今週 Frederika の HDD を初期化して Windows を再インストールしたときに、スタート〜設定〜プリンタから、Citizen のプロパティに共有を指定していなかったためでした。これを思い出すのに約30分浪費してしまいました。

1999. 3. 24
 Frederika の HDD を換装しました(こればっかりや)。

 結局、昔乗せていて Grace を組んだときにいったんはずした 1.2 GB があまっていたのを思い出して、これを起動ディスクとし、4.3 GB はスレーブとしてセットしました。
 まず Grace で 4.3 GB の初期化をやってみたのですが、NO ROM BASIC のメッセージを表示するばかりなのであきらめて、1.2 GB を出してきました。ジャンパをチェックしてプライマリ・マスタになっているのを確かめ、4.3 GB はスレーブのジャンパとして接続すると、起動画面でスレーブを認識せず、1.2 GB のはずなのにマスタを 4.3 GB と報告します。そのまま Fdisk に進むと使用可能容量が 27 MB しか取れません…
 なんか変だ、と、たまたま正解の BIOS 設定にはいりました(っていうか、ほかにできる選択肢なんてないもんな)。ET-6800 は AMI BIOS を使用していて、できる作業の中に Detect Master、Detect Slave という項目があるのです。これを実行して再起動という作業を2度ばかりくり返したところ、めでたく2台の HDD を認識しました。それからマスタの 1.2 GB を1区画で初期化し、4.3 GB は Grace で設定したままの状態でさわらないようにしてインストールを開始しました。
 再起動をくり返しながら次々にインストールして、全部の作業は5時間くらいかかりました。ちょうど日本海を国籍不明船が2隻、領海侵犯したというニュースを見ながらやっていて、おわったのは結局午前2時でした。今夜は早く寝ます。

 これ書いてて気がつきましたが、最初に 4.3 GB が飛んだ後、今まで一度も BIOS から HDD の Detect を実行していませんでしたね。ひょっとしてこれも混乱に輪をかけていたかも…
 あと、Frederika の3.5インチベイはシャドウベイでしたので、そこに 1.2 GB を入れました。4.3 GB は前回どおりエキステンションをつけて5インチベイに入れました。5インチベイはまだ2個空いています。何を入れようかな、ふっふっふ。

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1999. 3. 23
 Frederika の性能限界が新たに判明しました。

 実は、日曜日にまた HDD が飛んだのです。4.3 GB を 2 GB ずつ2区画で使用していたのですが、後ろの区画を再分割しようとして Fdisk を起動し、いったん後ろの区画を削除できたのですが、その後削除した区画を認識できなくなり、再起動したところ、
002 NO ROM BASIC
001 SYSTEM HALTED
というメッセージを表示して起動を拒否するようになってしまいました。
 ディスケットからは正常に起動します。
 さすがに今度は HDD の故障ではなかろうというわけで、連休明けを待ってエプソンダイレクトに電話したのです。HDD コントローラあたりの故障ではないかと思って。そしたら「ET-6800 は、3.2 GB までのドライブしか動作確認がとれてないんですよ」と爽やかに返答されてしまいました。

 じゃ、なにか、飛んだと思っていた先代の 4.3 GB も、実は壊れてないとな?
 「はい、別の、最新の機械で問題なく使えると思いますよ」

 もう、3.2 GB HDD 買う金ないって((木玄火暴))
 これまでの経験則で、Fdisk をかけると飛ぶということが確認できているので、とりあえず Grace で初期化して使えるようにして、もしも Frederika がこれを認識したら、
絶対に
Frederika から Fdisk しないようにして使いたいと考えています。どうなるかはまた次の書き込みをお楽しみに。

 ついでに、既に判明している性能限界ですが、2000 年問題のクロックがあります。このモデルは*一応* 2000 年に対応してはいるのですが、2000. 1. 1 にクロックは 1900. 1. 1 となるので、手動で 2000. 1. 1 に直してほしいということです。あとは自動的に進みます。

 進むといえば、Frederika は、DOS プロンプトで 30 分ばかり放置すると日付が 255 日進むという現象がでていたのですが、エプソンダイレクトに聞いたところ「初耳」だそうです。なにか常駐物とバッティングしている可能性があるというくらいしかアドバイスはもらえませんでした。まあ、もう DOS では使わないので問題なくなりますが。

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1999. 3. 21
 Aptiva に Windows を再インストールしました

 家族の所有する Aptiva は、前々から問題がありました。
1. サウンド・ボードを IBM 純正品から SB16 に換装した関係で、マシンの起動時にそのボードがないというメッセージを表示するのを消せない。
2. HDD の空きがない。
 などです。そこで、いっそ Windows を入れなおしてしまおうということに決めていました。今日は時間があるのでこれを実施したということです。
 まず、万が一のために 1.6 GB の内容のうち、アプリケーション以外の全データをネットワーク経由で Grace にバックアップしました。10分以上かかったような気がします。測ってないけど。
 次に、Grace で起動用ディスケットを作って、これから起動し、CD-ROM が動かないことを確認して、Aptiva の中からデバイス・ドライバを捜してディスケットに複写し、Coinfig.sys と Autoexec.bat を書き直して再起動、CD-ROM が動くことを確認して、Fdisk〜Formatでいったん HDD をきれいにしました。
 それから アプリケーションをインストールしました。何も問題ありません。SB16 はインストール・ディスクなど必要になるかと身構えていましたが、自動認識し、ドライバも必要ありませんでした。
 必要なデータは Grace から取れると伝えましたが、なにか全部 CD-ROM から復元できるということでした。たまにはこういう順調な作業もいいものです。
 おお、Norton Anti Virusのインストールを忘れている…
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1999. 3. 16
 Frederika の Netscape Communicator セットアップを終了しました

 といっても、立ち上げて Netscape Communicator を動かしたらちゃんと接続したということで、昨日うまくいかなかったのは、システムの再起動をしていなかっただけかもしれないという、よくわからないことでした。
 今日はちゃんと Grace を立ち上げたままにして作業しましたので、LAN 接続で他の環境を見ることができることも確認しました。
 これで、予定の作業は全部終わりです。「医者からもらった薬が分かる CD-ROM」は、まるごと HDD にコピーしてしまいました。明日は定時に帰って、家族と操作してみたいと思います。

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1999. 3. 15
 Frederika の LAN 接続に成功しました

 予想が的中するのは気分のいいものです。
 Frederika を DOS から立ち上げて、LAN ボードのユーティリティを使ってボードに登録されている IRQ を調べたところ、10 でした。Windows ではこれを 3 と指定していましたから明らかに矛盾しています。Windows に移って設定〜コントロール・パネル〜システム〜デバイス・マネージャ〜ネットワーク・アダプタ〜プロパティ〜リソースで、IRQ の変更を実行しました。その値をボードに設定されている 10 にしてシステム再起動すると、なつかしいログイン・ボックスが表示されました。
 それまでは Windows の起動時に「DHCP サーバからアドレスの取得に失敗した」というメッセージが表示され、ログイン・ボックスの表示はなかったのでこれでいい*はず*です。
 「はず」と書いたのは、例によって酒飲みながら作業していたために、Frederika 以外の機械に電源を投入しておらず、ネットワークの他の機械を参照することができなかったためです。それと、その後 Netscape Communicator 4.04 をインストールしたのですが、設定のどこが悪いのかインターネットに入れないでいるためでもあります。Netscape Navigator 3.0 [ja] だと全然問題ないのですが、Communicator は設定方法がかなり変わっていて難しく、よくわからないのです。
 じゃなんでそーゆープログラムを入れたかというと、それが日曜日に購入した「医者からもらった薬が分かるCD-ROM」のブラウザに指定されているためで、プログラムはその CD-ROM に添付されていたのでした。くだんの CD-ROM はまだ使っていないので分かりませんが、中に URL でも記述されているのでしょうか。CD-ROM を参照しながらいきなりネットに飛び出すような使い方ができるのではないかと想像しています。
 そうでなければ、ブラウザに Netscape Communicator とか IE とかを使用する意味がないでしょう?
 さて、この過程で昨日に引き続き Frederika の筐体を外したために、なぜログイン・ボックスを表示しなくなったかわかりました。現象としてはボードと Windows の IRQ の不一致ですが、ではどうしてそうなったかという理由です。去年の 10月に Grace を組んだとき、1,980円の NIC を 2枚購入して、それが Grace で使えませんでした。それで、そのボードの動作確認のために Frederika にいれてあった MELCO のボード (LGY-V) とそのボードを交換して元にもどしわすれていたのです。それまでは MELCO のボードで IRQ が 3 だったのが、いれかえたボードの IRQ は工場出荷値で 10 のままだったのでしょう。当時、Frederika は LAN から切り離していたのでもどしわすれに気がつかなかったのです。ううむ、あのときも酒飲んでたかな…すると、11月からログイン・ボックスを表示していなかったことになります。われながらなんてむとんちゃくなんだろうsigh。
 というわけで明日の課題は:
 1. ネットワークの別の機械を参照できることを確かめる。
 2. Netscape Communicator でインターネットできるようにする。
 ああ大変だ。1.はともかく、2.が…

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1999. 3. 14
 Frederika の HDD を換装しました

 実は Frederika はここ1ヶ月ばかり挙動が変だったのです。
 しかし、たまにしか使わないのでそれを見過ごしていたのでした。まず、ネットワーク環境をインストールしてあるにもかかわらず、ログイン・ポックスを表示しなくなっていたのです。わたしは、それはケーブルが接続されていないためだと思っていました。ところがよく考えてみると、同じようにネットワーク環境だけインストールして、ケーブルは接続していない Aptiva は毎回ログイン・ボックスを表示しています。
 それから、家族が EXCEL を操作している時に、カーソルが突然右に 200セルばかり移動し、100セルばかり左に戻したところでそれ以上どうしても左に行かなくなってしまったということがありました。わたしはその時派遣先で作業していたので画面を見ることができず、何が起きたのか正確に理解できませんでした。それで、「操作ミスだろう」と思っていました。
 また、ソリティアの挙動がいつもとちがうという報告もありました。いずれにせよ、めったにさわらないので真剣に問題解決に当たってこなかったのです。
 さてケーブル工事が終わり、今日は久しぶりに朝から自宅にいるので、では Frederika をつなぎ込んで見ようとしたわけです。でもうまくいきません。Windows の腐った HELP は、物理的接続の確認をアドバイスするばかりです。
 Frederika の NIC の緑ランプは点灯しています。天井裏に上がってみましたが、HUB は通電しているし、Frederika に接続された端子のランプも点灯しているので、どうも通電しているようにみえます。
 そこで、Aptiva からやってみることにして、天井からたれ下がっているケーブルを接続して、プロトコルを設定済みの NetBEUI から TCP/IP にしたら、あっさり認識してしまいました。Aptiva の方には Netscape Navigator をインストールしてやり、家族はさっそくインターネットにはいってゲーム関係のサイトを眺めて大喜びです。
 すると Frederika の環境で怪しいのは、ケーブルか、NIC か、設定かということになります。ここで初めて「さふ言えば、ログイン画面が出ないな」ということに気付き、まず Windows 修復セットアップを試みました。もちろんその前に設定〜ネットワークは何度も開けて、プロパティやら何やら穴のあくほど検査して問題はない(つもり)ということは確認済です。結果は変わらず。あきらめて再インストールすることにして、起動用ディスケットを作成し、HDD を初期化しようとしました。すると、「メモリが不足していてフォーマットできない」というメッセージを表示します。この原因が分からずいらいらして Fdisk をかけました。「ハードディスクのアクセスエラー」
 「なんじゃあ、こりゃあ」
 ハード・ディスクが飛んでるよ。一昨年の 4月に買ったばっかりの 4.3GB がオシャカだよ。
 これはショックでした。あんまりショックだったのでその足で秋葉原に新品の HDD を買いに行ったほどでした(爆笑の嵐)。昨今 HDD の値崩れの激しいことといったら、下手をすると毎日のように値札が書き変わるという、最近では南米のハイパーインフレ、さかのぼれば大戦前のドイツのような状況で、といっても書き変わっている値段は逆方向ですが、そんな訳のわからないことを考えながら「まあ予算は2万円以内だな、しかし、2万円を切るとメイカーは生産を止めてしまうからな、行って、見つかるかどうかは微妙なところだな」という方針を立てて久しぶりに魔の街に足を踏み入れたのでした。
 びっくりしたことには、日曜日の秋葉原は歩行者天国を実施しているのですね。行ったことなどないので知りませんでした。中央通りを神田方面から進入したのですが、どうもこちらの車線も対向車線も閑散としていると思ったら、突然通行止め。いや驚きました。
 いつものコースを流しながらあちこち見てまわり、けっきょくいつもと同じ店でいつもと同じメイカーの 4.3GB を @16,800 + VAT でゲットしました。3.2GB だと DOS/Vバラダイスで @13,000くらいであったのですが、せめて今までと同じ容量が欲しいなと思ったのです。まあ、Frederika の Dドライブが使用容量 0バイトだったのは事実ですが((木玄火暴))。
 HDD のメイカーを Seagate に統一しているのには訳があります。ジャンパーで悩む必要がなくなるからです。全部いっしょ。
 さて Aptiva が LAN からインターネットできることになった家族はゲーム・プログラムをダウンロードしまくると宣言しているので、LAN の同一環境内にそんな危ない機械を放し飼いにしていてはたまらないと、Norton AntiVirus を購入しました。わたしはそういう危ないモノには手を出さない主義だし、Frederika の操作員はそういう技術もありませんので、ま、とりあえず水際で食い止めればいいかと 1セットだけ。
 後は何かないかとそうと屋をうろうろしてスクリーンセイパーやら環境CDなんぞひやかしておりましたところ、「医者からもらった薬が分かる CD-ROM」というのを見つけてしまいました。もとは書籍で発売しているのですが、確かわが家にあるのは 1995年版のはず。もう古くて新薬だと分からないという苦情があったなと、ついつい手を出してしまいました。これだから秋葉は魔物だと言うておるのぢゃ。
 さて帰宅して、慌ただしく風呂になど入り、酒を飲みながら食事をして弟や従兄弟と電話で話し込むことしきり、親戚と電話することなど年に数回だというのに、この忙しさはなんなんだ、そういえば先週は毎日帰りが午後10時を過ぎていて土曜日まで出勤した。こんな忙しいのは10年ぶりだなどと家族と話をしていたらもう10時です。おたおたと HDD を開いて作業を始めました。
 話しはそれますが、弟は最近中古の Macintosh ノート(そう、彼は Mac 使い)を購入したので、持ち運びに便利なように内蔵 MODEM とバッテリを購入してきてほしいという電話だったのです。わたしは T-Zone の Mac館に行きました。「デュオ210の内蔵 MODEM とバッテリはありますか?」「生産終了で入手不能です」かわいそうな弟。彼は MODEM は外付けを持ち歩き、バッテリは中身を自分で交換することに決めました。
 従兄弟はデスク・トップで画像をやりたいということで予算を30万円(!!!!!)用意したそうです。「そんなにいらないよ」といろいろアドバイスして最後に「なんなら秋葉原で購入して、そっち(岐阜県)に送ってあげる」「じゃあ、こっちの店で値段を調べて来るね」競争になるんかしら。意外と全国津々浦々までバーゲン価格は浸透しているのでしょうか。いやまてよ、この間那智勝浦に行った時に見たビールの値段はこっちで 3.980のところ、4.980だったしぃ。という話しは\(・_\)ソノハナシハ (/_・)/コッチニオイトイテ
 Frederika の筐体を開けて、こわれた HDD を外し、新しい HDD を入れて午前中に作っておいた起動用ディスケットから起動すると、Fdisk で領域確保した後、やっぱり初期化に失敗します。腹を立てて HDD を外し、2階の Grace のはらわたをむき出しにして空いたケーブルをつないで起動すると認識しません。おおそうだ、BIOS で殺していたと思い出してセットアップからIDEを全部調べるようにして再起動。今度は無事認識して即初期化です。待っている間に居間に降りて酒飲んで、また上がっていくと最初の2GBの初期化が終了していました。後ろの初期化は後回しにして、Grace から HDD をはずして居間に降りて、筐体を外したままの Frederika の5インチ・ベイにエキステンションをかませて入れることにしました。これまでは3.5インチに入れてあったのですが、どうしてわざわざエキステンションまでかませて5インチに入れるのか、もう酔ってもうろうとしているので理由など分かりません(笑)。
 ただ、代わりに何か入れようという悪巧みを考えてることは確かです。3.5インチというと MO か ZIP か…などとまるで他人事のよう(笑)。
 ZIP で思い出しましたが、HDD を購入した OVERTOP では、IDE の ZIP が @11,000.-でごろごろ売っていました。
 ついでに、飛んだ 4.3GB のジャンパーを変えてつなぎ込んでみましたが、BIOS ですら認識しません。完全に沈黙しています。最後の淡い望みも消えました。
 で、起動用ディスケットで起動して、CD-ROM から Windows をインストールし終わりましたが、まだログイン・ボックスが出ない。だいたい問題のログイン・ボックスはどういう処理をしたら表示するようになるのだ、ネットワークの設定か、それとも NIC を刺すのかなどと憤慨しましたがもう午前1時半なのでここであきらめました。ひとつ気になるのが Windows が NIC に割り振っている IRQ 3。バッティングなどはしていないのですが、NIC は ISA なので、DOS ですでに何番かの IRQ が割当てられているはずで、その値と Windows が割り振った値が不一致なのではないかと疑っているのです。これは月曜日の宿題ということで、とりあえず寝てしまうことにしました。
 長い一日でした。
ps. ディスケットの Format で HDD を初期化できない原因が分かりません。Windows95 で起動専用にしたディスケットに、 Windows/Command 配下の DOS コマンドをコピーして作った起動ディスケットがいけないのでしょうか。MS-DOS/V 6.0 とか、それ以前のバージョンの環境で Sys を実行し、Format コマンドなどコピーして作ったディスケットからなら問題なく初期化できています。

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1999. 3. 9
 LAN工事が終わりました

 しかし、今週は仕事が忙しくて、帰宅したのが10時半。ざっと配線だけ見てセットアップは週末までできないようです。ああ残念だ。
 これで、居室は 1部屋残して全部 LAN ケーブルがはいったことになります。1階にも下ろしたので将来もし1階で機器が増えてもカスケード接続できるので問題ありません。ケーブルの入っていない最後の居室は2階なので、もし必要になった時も天井に穴を開けるだけなのですぐに対処できます。ううむ、残るは浴室と便所、それに犬小屋くらいか((木玄火暴))
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1999. 3. 4
 LAN工事が3/9(火)に決まりました

 ああ楽しみだ。
 当日は勤務している筈なので、作業指示書など作成して作業する皆さんに見てもらうことにしました。LAN 工事のほか、天井裏に換気扇をつけて夏の暑い空気を追い出したり、自分でやった不細工なインタフォンの配線を壁の内側に隠してもらったり、あとルータを入れて不要になった作業場のインタフォンを家族の部屋に移動したりといった作業をやってもらう予定です。
 話しは変わりますが、ノート・パソコンと MO が欲しい今日この頃…はっ、嫌な予感が
1999. 3. 9へ


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