コンピュータ環境 (1999/2)

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時系列・環境の変遷


1999.2.22
 ISDNの工事が終わりました。

 工事は午後ということでした。結局午後4時頃から1時間くらいで終了しました。
 NTTの到着を待っている間に、アナログでインターネットに最後の接続をすませたあと、ネットワークに接続している2台(GraceとDorothy)のプロトコルをNetBEUIからTCP/IPに変更し、DHCPサーバでIPアドレスを自動的に取得させるようにしました。接続試験は成功。今まで通り互いのコンピュータを認識しています。
 今までNetBEUIで接続していたのは、設定が簡単だったからです。IPアドレスの指定もありませんし単にデータとプリンタを共用するだけの目的でしたからそれで十分でした。メールも送らないし。なにしろ2台は同じ机の上に並んでいて、ディスプレイまで共用しているのですから。
 続いてGraceのInternet Explororを立ち上げ、接続オプションからダイアルアップ接続をはずしてダイアルアップ・ダイアログボックスを表示させないようにします。わたしは普段、ブラウザにはNetscape Navigator v3.0 [ja]を使用しているのですが、Netscapeは、このIEの設定をどうやってか参照してダイアルアップしているらしいのです。
 このダイアログ・ボックスを表示させるだけのためにIEを入れているのですが、これで晴れて削除できそうです(笑)。ちなみに、入れてあるIEのバージョンは3です。

 こうして、呼び出しの設定を外してしまいましたが、では呼び出しはどうするのかというと、RTA50iが自動的に接続してくれるのだそうです。当然、回線切断もありません。RTA50iが、無操作状態が3分続くと回線を切断します。この分数は変えられます。今は初期値のままにしておくことにしました。
 呼び出しに約3秒かかります。そこで、無操作状態で画面など眺めていて自動的に回線切断された場合は、次の画面を出す時に若干待たされますが、逆にブラウザを起動した時に別の端末がすでに接続完了していた場合は呼び出し時間の分だけ早く表示されます。

 さてISDNの工事ですが、あえて既存の線を使用せず、RTA50iに接続するモジュラージャックのある壁の裏に新規に線を通してもらいました。工事費がかかりましたがそれにはわけがあります。
 当家では、1本の電話線を屋内で分岐させて、1階の居間と2階の作業場で共用しています。そのために、今度RTA50iに接続する予定のモジュラージャックは、現状では内線で1階の居間に降りて、それからNTTにつながっているのです。この内線をそのまま利用して、2階のモジュラーを2口に増やし、新設したモジュラーからISDN回線をRTA50iに引き込んでそこから既存の内線と作業場の電話機に分岐させようというわけです。
co_9902a.gif  RTA50iは合計3台までの電話機を接続でき、と書いたところでたった今ひらめきましたが、RTA50i〜MODEM〜電話機の直列接続は必要ないですね。RTA50iの第3チャネルが空いていますから、MODEMも電話機も直接接続できる。おお、これでコンピュータFAX送信したりBBSしながら電話がかけられるではないか!「よおよお、今メール送ったから読んどいてや」とか(爆笑)。
 ちなみに、工事の直前にインターネットしながらその状況を他所の人に説明する必要ができて携帯電話で通話したのですが、それに11分以上かかってしまいました。ううっ通話料金が…まあ月間30分までの通話料金が基本料金に含まれている契約をしていて、今月はまだ突破していませんので実害はありませんでしたが、これなど後3時間も後だったらと、くやまれることでした…ううむ、これで今月30分突破しなかったら、やっぱり携帯でかけた方がとくだったのだな。それとも後何分で突破するかひやひやしなくてすむ安心料と考えるべきかな。だんだんわけわからなくなってきた。
 話しを戻すと、RTA50iは合計3台までの電話機を接続でき、互いに内線通話ができます(と、これが書きたかったんだ)。*と1〜3を押すだけでそれぞれのチャネルに接続している電話機を呼び出せます。これで、居間の電話機の脇と作業場の電話機の脇に設置してあったインターフォンが用なしになってしまいました(笑)。そこで作業場のインターフォンは別の部屋に移動することにしました。

 ディジタル接続したインターネットの感想についてはあえて書かないです。これまで28.8kbpsで接続し、それでもIMASYは早いことで定評がありましたから(理由はよく知らない)十分満足していました。それが64kになったのですからもうイントラネット並みの速度です。ま、さすがにローカルの資源を表示するほどではないですが、文句のつけようがありません\(^^)/。

 ところでISDNの呼び出しは完全な無音で実に気持ち悪いです。パルスは待つのがうざったいけど一所懸命な様子がけなげで、トーンはピッポッパピポと軽快で、いかにも「今、呼んでます、仕事してます」っていう感じで、携帯はプップップップッという、可もなく不可もない感じでしたが、ISDNは無愛想で好きになれません。接続後のネゴもないし。あたりまえだけど。ま、馴れの問題でしょうね。

1999.2.20
 天井裏のケーブルを伸ばして、穴を開けるだけの状態にしました。

 今日、電気屋さんの作業が入るものとばかり思いこんでいたのでいそいそと準備して待っていたのですが、結局見積書が来ただけでした。がっかりです。とにかくその値段でいいからすぐに作業にはいってくれるように頼みました。
 でも、手配に結構時間かかるんですよね。
 天井裏では、だいたい家の中心やや作業場よりの位置にHUBを置き、一番近くの作業場と家族の部屋にそれぞれ10メートル、将来のためにもう一部屋に15メートル、そして1階の居間に落とす20メートルのケーブルをそれぞれ穴を開ける場所までのたくらせておきました。電源も取ってあるので延長コードを伸ばし、HUBのコンセントが届くようにします。
 当家の屋根は切妻で、天井裏は約1/4の面積に床がはってあります。家が完成したあとで、実家の父親に手伝ってもらってはった部分と、その後自分ひとりではった部分があります。天井(いわゆる屋根板そのものまでの距離)は一番高いところでも1メートルそこそこなのでずっと中腰か座って作業しないといけませんし、ところ構わず古着の梱包とか使っていない家財道具とかが置かれていて、そういう場所で作業していると結構疲れます。
 やっぱ違法建築なんでしょうかね、これ。
 地震などあると乗せてあるものが天井を突き破って転落してくる恐れがあるので、今は荷物を積み上げないようにして自衛していますが、なるべく早く低い壁をはってそういう事故にも備えたいと思っています。
 こういう作業のために、当家ではしうまつになると大工工事の音が響きます。最近、歳のせいか疲れるので電動工具が増え、ますます音が派手になりました。
 電動工具は、ドリルは以前から持っていましたが、去年樹木医の父親から借りたのこぎりをまだ返してなく、最近ドライバーをこうにうしました。これで作業が本当に楽になりました。
 きっとご近所では「日曜大工好きの家」とか思われているのでしょう。ちがうよう、単に業者さんにお願いする金がないだけで、本当は好きじゃないんだよう、と言っても無駄か。
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1999.2.15
 NTTにパラメータの連絡をしました。

 取扱い説明書を見ると、P-MP常時またはP-MP呼毎とあるので、そのままオペレータに言うと、だからそのどちらだと聞いてくるので、いや取扱い説明書には両方できると書いてあるからそう言っているというつまらない押し問答になりました。しばらく不毛な会話が続いたあと、P-MP常時とP-MP呼毎とどうちがうのか聞くと、P-MP常時はTAの電源を入れっぱなしにする場合、P-MP呼毎はTAの電源をパソコンの電源と同期させている場合だと答えたので、それなら入れっぱなしにしておくつもりだからP-MP常時にしてくれということで一件落着しました。最初からそういう説明をすればいいのに。それとも、こちらは知らないから聞いているという態度がうまく伝わらなかったのでしょうか。どうもNTTという会社の体質は好きになれません。前にも書いたですが、しょせん親方日の丸です。
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1999.2.13

 ルータをこうにうしました。
 午前中から秋葉原に行くと、さすがに土曜日でもそれほど人出はありません。午後ともなると肩をぶつけないと歩けないほどの混雑になりますから、行くなら午前中が一番です。しうまつは特価品も増えるし。とか言って駅降りたらつい献血ルームに入ってしまい30分ばかり潰していました。献血ルームもがらがらで、でも医師の問診を受けているうちに列ができてきましたから駆け込みセーフという感じでしょう。医師は血圧が低いのにちょっと疑問を持ったようでしたがまあいいか、てな感じでパスさせてくれ、血液の比重もパスして400ccばかり寄付してきました。看護婦は両手があまり冷たいので握ってなさいとお湯の入った袋を渡してくれ、みんなとても親切でした。これで、木曜の晩以来何も食べてないなんてことばれたらきっと拒否されていたことでしょう(爆笑の嵐)。
 さて重いものを持つなら左手でと言い渡され(みんなよく分かってらっしゃるんだ、こういう場所で作業していると)、町に出ると、いや木枯らしがぴゅーぴゅー吹きまくって寒いのなんの。凍えながら一番近くの店に飛び込むと結局そこが一番安く売っていたという話しで、その後二〜三軒回ってから戻ってきてこうにうしました。
 店員さんに確認して、「DHCPサーバ機能はありますか」、「IPマスカレードはできますか」、「カスケード接続はできますか」という質問にオーケーをもらい、予定通りヤマハのRTA-50iに決めました。お値段はJPY33,600.- + VAT。安くなったもんです。一昔前は2400bpsの非同期MODEMでもこのくらいしたような気が。はっ、歳がばれる。
 自宅のLAN環境の整備も進めました。天井裏にHUBを置く準備です。このHUBは昨年の10月に安くこうにうしたものですが、実は底面に強力な磁石がついていることをつい最近知りました。現在はCDプレイヤーの上にへばりついています。そこで、天井裏でも同じように安定して置けるように、鉄の板を捜しました。
 意外とないんですね、これが(笑)。
 犬小屋の屋根に使ったブリキ板の残りは、結構サイズがでかいので端っこ切るのはもったいないということで使用せず。しまいにはスチールのジュース缶を切ろうかとか考えましたが、結局作業場であられの缶の蓋を見つけました。20cm * 30cmくらいあって大きさも十分。これを天井裏の柱に釘で打ちつけて完了です。はわせるケーブルも上げて、天井裏をのたくらせました。
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1999.2.8
 ISDNの申し込みをしました。

 それにしても、どうしてNTTは窓口の受け付けを午後4時で終了するのでしょうか。土曜日も休みだし。電電公社時代のお上の体質そのものですね。まあ、デパートの中に出店しているところでは午後7時ころまで開いているところもありますが、せめて5時半までは開けておくのが常識ではないでしょうか。客商売なんだし。
 じつは今日は体調がよくないので午後仕事を休んでいたのですが、この機を逃したら次はいつ窓口が開いている時に来られるか分からなかったので無理をして行ってきました。
 現在の電話番号を残して一般回線からISDNに移行します。工事は2/22(月)の午後に決まりました。DSUは自前で調達することにしたので、未定のパラメータが1個残り、なるべく早く購入して、マニュアルに掲載されている値を受付のオペレータに連絡することを求められています。ううむ、今週中に秋葉原に行かなければ。
 考えているのはヤマハのRTA-50i、通称「ネットボランチ」。実売でJPY40,000.-切ってDSUもTAもあって、HUBの機能もあり、当家にはもったいないくらいの仕様ですが、これにいたく満足している友人もいることでして、多分この機種になるでしょう。
 これで、家庭内LANが完成すれば、合計4台のPCが同時にインターネットできるわけです。わくわくものですね。
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1999.2.1
 秋葉原で10-BaseTの20メートル・ケーブルを購入してきました。

 これで備えは万全です。大工さん、いつ来てくださっても結構ですよ。ふっふっふ
 2階の作業場の隣の部屋には、もう1台、家族の所有するWindowsマシンがあります。IBM APTIVA P5-133の古い機械ですが(じ・つ・は、去年(1998年)の正月に17インチ・ディスプレイ付きをJPY80,000.- + VATで購入したもの)唯一音源を備えています。プリンタもMODEMもないので、できる事が限られています。今回、このマシンもLANに接続する事にしました。このマシン用に15メートルのケーブル、それから作業場のGraceとDorothyのために10メートルのケーブル2本です。
 この後、今年中にTAを購入して、全部のマシンからインターネットに入れるようにする予定です…予定ね、予定(笑)
 ああ、Linuxマシンをインストールしてホスト環境を疑似る話しはどこに飛んでいってしまったんだろう(爆笑の嵐)
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