コンピュータ環境 (2007/08)

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時系列・環境の変遷


 

2007/08/31 (Friday)
Morgan le Fay の すごい ACCESS

 インストールした ACCESS2000 で既存のデータベースを開き、フォームを開こうとすると…

VBAモジュールが破損しています

を、プロシージャの呼出し回数だけくり返すんですよ、これがアドミニストレータでログインすると正常に動く。

 MacAfeeのアンチウィルスの仕業ではなかろうかと疑っているのですが、まだアンチウィルスをアンインストールした環境で試験していないので拙速にMacAfeeに問い合わせるのをためらっています。

 終末に試験して、どのアプリが影響していたのか突き止め、来週、問い合わせてみようと思っています。それまでは通常使用しているユーザIDの特権をAdministratorまで引きあげました。

 ユーザ特権を区分しているミ田2000の意味なし。

2007/08/29 (Wednesday)
続・Morgan le Fay の すごい 故障

 プログラムの再インストールはほとんど終わり、いよいよ二番目に大事なデータのつまったD:ドライブ120GBハードディスクのサルベージにとりかかりました。

 と言ってもやれることはほとんどなく、ディスク・アドミニストレータで「異形式」と表示されているドライブのメニューから「形式のインポート」を選ぶか「シンプルボリュームに戻す」かの二つしかありません。「シンプルボリュームに戻す」を実行するとデータが飛びます。というわけで「形式のインポート」を実行してみました。これが何を意味するのか全く分かっていないのですが、他にやれることがない以上、やってみるしかないということで。

 というわけで無事ドライブの認識とデータの復旧に成功しました。これのバックアップはリムーバブルの250GBに任せるつもりです。

 続いて120GBの、LDからリッピングした映像データのはいったハードディスクですがこれは読み込み不能ということで、しかたなしに「新プリボリュームに戻す」でデータの破壊を覚悟したうえで「完全復活」を試してみているところです。これ、どうやら「シンプルボリュームに戻す」の実行前に仕掛けるといいらしいことが分かりチト落ち込んでいます。

 まあ、授業料ということで。

 朝、出がけに物理セクターの再構築をさせたままでてきました。帰宅して結果を見るつもりですが半分あきらめています。

 その他に80、250、300のリムーバブル・ディスクがあり、それぞれきちんと認識するかどうかこれからの課題です。

 先は長いなあ。

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2007/08/28 (Tuesday)
Morgan le Fay の すごい 故障

 朝動かしたときは問題なかったのです。

 目覚ましに気づかず、6時半に目を醒まして「あ、これはだめだ」と直感し、Morgan le Fayに電気を入れて会社に休暇届のメールを送り、寝なおして起きたのが午後3時半。
 台所で食料をあさりましたが、メシはないインスタントラーメンも喰いつくしている、しかたないいつものスパゲティです。
 ちょっと多かったかなくらいの量でまあいいかときれいにたいらげ、部屋に戻ってMorgan le Fayに電源投入。

 ミ田のロゴの後、ブルースクリーンを背景に「ネットワークを構成しています」のメッセージのままフリーズ。
 つまり、起動シーケンスはパスしてミ田の起動に失敗しているということは、ハードディスクのトラブルか、とミ田2000のCDを取り出して修復セットアップを試みますがその後も立ち上がりません。

 この時点でハードディスクに見切りをつけ、余っていた40GBと換装、ディップも合わせてBIOSから構成を確認、この40GBにミ田2000をインストールすることにしました。
 後はお決まりのハードディスク初期化、インストール、ミ田ウプデート、アプリケーションのインストールと続きますが、主にデータを入れていた80GB(Dドライブ)と映像を入れていた250GB(Fドライブ)を認識しないっていうか、ディスクマネージャから見るとそれぞれ「読み込み不能」、「他形式」。
 一番大切なデータは4GBのSDカードに入れてあるとはいえ、F:はまたレーザーディスクからリッピングすればいいものばかりですが痛いのはD:。
 ろくにバックアップも取っていない有象無象のデータが…

 もう、「完全復活」に賭けて一旦初期化するしかないかと腹をくくっています。実行は今夜か。チト達観しています。

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2007/08/26 (Sunday)
お友達のパソコンの すごい セットアップ

 今日はビールに釣られてお友達の家に行き、お嬢さんの使うPCのセットアップをしてきました。

 それまで、会社で不要になった古い古いCompaqの、600 MHz、HDD 4.3 GBという恐るべき構成にミ田2000をインストールしていたのですが、遅いわでかいわ重いわでついに音を上げて日立の小型デスクトップを中古で仕入れたという。

 やるべきことはネットワークの整備くらいでインターネットにでられればいいからみたいなことでしたので軽い気持ちででかけました。

 ミ田2000がプリインストールされていたのでこりゃいいわとミ田ウプデート、これが例によって手間取りまして。ペンIIIの256MBという構成ですからこの辺チト改善の余地がありそう。
 Office XP の使っていない皿がありましたので、これこれとインストールして、ネットワーク経由のプリンタを設定して、これでいいかなと帰宅しましたら夜電話がかかってきて「音が出ない」
 マニュアルを見てもらったら、オーディオデバイスは内蔵しているがスピーカがないと((木玄火暴))
 スピーカ買ってください、2Kも出せば買えますからみたいな返事しましたがチト気になっています。来週の日曜日にフォローしたほうがいいかもみたいな。
 メモリも余っているのでこの際だからどーんと放出しちゃおうかなと。それまで使っていたCompaqをはがしてみましたら容量不明のメモリが4枚でてきました。おそらく32MBか、せいぜい64MBでしょう。こんなもんつけても脚引っぱるのが関の山と放置してきました。

 そういやウィルス駆除プログラムもインストールし忘れてるなと気がつき、ますます来週の日曜日のフォローが必要かなという気分です。

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2007/08/12 (Sunday)
週末作業用PCの すごい 交換

 前々から状態は変だったのです。6月17日のところでも書きましたが、起動時ミ田2000のCDをトレイに入れておかないと起動しないという状態はさらに進んで、ミ田2000のロゴ表示前に青画面、エラー警告の文言付きという状況になりました。

 起動用ハード・ディスクを交換してミ田2000をインストールしても、青画面はでませんがCDのマウントは必要です。

 これはママンのせいだね、青画面はママンとハードディスクが結託してるねということで予算を組み、ママン、CPU、メモリを交換することにしました。

 実は、Morgen le Fay を組んで以来4年というもの新しいマシンを組んだことがありません。ともかくCPUの発育が激しくてどれもこれもデュアルコア、当然ソケットもそれに合わせて変化しています。

 組み合わせを間違えたらえらいことになると今回は店の店員にたよることにして金曜日の夕方、仕事がはねてから新宿ヨドバシカメラへ。

 事情を話しますと快く相談に乗ってくれました。

 びっくりしたのは、世はIDEからSATAにという流れ。今回ハード・ディスクは手持ちのものでやりくりするつもりだったのでSATAは頭にありませんでしたが、どのママンもIDEは1チャンネルしか持っていないのです。つなげられる機器は2台まで。
 これは、内蔵の拡張IDEボードがあるということでクリアしました。

 次の問題は、電源も規格が変わっていて、CPU給電様の4ポートのプラグがついているかということ。
 2003年に買ったと言ったら多分ついているだろうということで、これもとりあえずクリア。

 自分はAMDにこだわりがあるので、AMDのスロットSA2で組みたいと言ったら、CPU軒並み売り切れで、25Kのものしか在庫がないと。おいそれ予算10K越えてるよどうするんだよといいつつママン12K、メモリ15Kとすこし足を出しましたがともかく3点セットでお持ち帰り。

 その足で作業場に持ち込み、もう7時過ぎていましたからそうとのインストールは土曜日ということでともかくハードだけでも組んでしまおうと。

 周辺機器を全部はずしPCIボードも全部抜いてIDEまわりに来て驚愕の事実。IDEのMOが…
 ちょっと考えて、自宅に置いてあるSCSI外付けと交換することにしました。自宅にはこの内蔵を持って帰り、ハードディスク・パックに入れれば使えるのではないかと。大体、自宅のMOは緊急時に使えるよう置いてあるだけなので、極端な話しなくても何とかなるとか。

 そしてママンもはずし、新しいママンに給電できるかどうかを、筐体につける前にソケット合わせ。はいらない。
 何ということでしょう。
 キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!何ということでしょうキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
 この新しいATXのママンは、主電源に24ピン要求していますが、それまで使っていた電源は20ピンなのです。

 この時点で今夜の作業は終了ということにし、帰りにまた新宿まわって電源を一個調達しました。5K。もう完全に予算オーバーですが動かないことにはどうしようもないということで。

 そして土曜日、電源持参して作業続行です。

 はずしてあった古い電源の位置に新しい電源を入れ、ママンにはCPUとメモリを装着したうえで筐体に固定。一個しかないIDEのプライマリは起動用のハード・ディスク。30GBしかありませんが、もともと起動用ディスクには一切データを持たせないことにしているので容量に問題はありません。
 セカンダリは、CD/CDR/DVD-R。

 この構成でまずミ田インストール。後はお定まりの手続きを踏んでMO以外の全部の機器を接続し動作確認しました。
 持ち込んだMOは、壊れてしまいました。長いこと動かさずに使っていたのに急に動かしたからでしょうか。パワー入れても数秒で勝手に停止してしまうのです。これも買わないとだめ風味。USB経由のMOがたぶんあるかなと思っていますがいまのところまだその余裕がありません。

 結局土曜日は午後1時半から作業して午後7時半頃にハード・ソフトともほぼ現状復帰を果たしました。

 狂気の二日間でしたねまったく。この忙しい時期になんてことを、みたいな。

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2007/08/08 (Wednesday)
聞きなれない音楽家の すごい 経歴

 今、とあるエスエフ小説を翻訳していまして、ここにブラームスと並び称される聞きなれない音楽家の名前が出てきました。

 そこでさっそくぐぐるってみたところ、英語版の Wikipedia でヒット。
 読んでみましたら、まさに今、自分が翻訳している場面に登場する(架空の)音楽家だということがわかりましたが、それにしても今翻訳しているまさにその場面を引いて説明するってのは他に登場場所がなかったせいかそれにしてもそんな端役にまでページを裂いている英語版 Wikipedia って言うのは本当にすごいと思いました。

 だって、ふつーにある他の言語のページへのリンクがないんですから、このページは。

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