コンピュータ環境 (2004/02)

最初の書き込みへ

基本の環境はこちら

2004年01月の環境
2004年03月の環境
戻る


時系列・環境の変遷


 

2004/02/25 (Wednesday)
Morgan le Fay の逆襲

 どうやら無事インストールできたみたいです。

 初期化したハード・ディスクを Morgan le Fay のプライマリにして CD ブートしたら、例によってカーソルが点滅するばかりのイヤーンな状況になったのですが、しばらく見ていると CD のアクセス音はするし、なんとなく進んでいるような気もしたので、ほったらかしてふろ入ったり食事したりして2時間後にもどってみたらインストール初期画面になっていましたヨカッタ

 これで、アクセスできなくなったハードディスクのリカバリ方法は分かったようで何よりです。
 返す返すもバックアップしていなかったファイルの消えたのが悔やまれる今日この頃です。


2004/02/23 (Monday)
Morgan le Fay の悲劇

 データを全部、飛ばしてしまいました。

 どうしてもアプリケーションから音を出せないので、業を煮やして窓を再インストールしようとしたのです。
 インストール先のディスクをどこにするのかという画面で、2行表示されているうちの上の行にあったほうのハード・ディスクを指定して区画を削除し、再定義したら、それが実はデータのはいっていたほうの120GBだったということで。
 いや、一応確認はしたのですが、きっと「上の段=C:のプログラムのディスク」という先入観があったのでしょう。容量の表示が110000なにがしになっていたのも災いしたかもしれません。「ああ、15GBって、バイト表示すると減るんだよな」とか思いこみで。さらに、上の段と下の段の数字の比較もおざなりで。なにしろ5桁と6桁の比較になります、もう自分には把握できる桁数の限界を越えていて(マテ

 というわけで再起動してインストールが終わってみればデータのあったはずのD:は、調子の変な元のC:のデータがまるまる残っており、バックアップもせずにおいたD:のデータはまるごと消えてしまったのでした。

 まあほとんどがテレビのエアチェキですし、その半分以上はDVDに落としてありますから痛くはないのですが、本当に消してはまずいファイルが4個だけあって、これをご丁寧にもバックアップしていなかったと(^-^)\バキッ☆

 さらに、調子の変なC:に再インストールしようとしたら、インストーラはこのドライブへのインストールを断固として拒否。もうわやや(;´Д`)

 日曜日は何もかもほっ散らかしてふて寝してしまいました。
 なんでだよう、素面で作業したのに(^-^)\バキッ☆

 で、10月に Natharie からはずしたままになっている30GBを使ってみることにしました。

 実はこのハードディスクも、Natharie から「使えん」と拒否されている代物。
 とりあえず、実験用の機体に装着して、ディスケットから起動し、fdisk /mbr を試みることにしました。これが NG。
 なんと、ディスケットは正常に起動することを確認済というのに、問題のハード・ディスクを接続して起動しようとすると、画面左上端にカーソルが点滅するばかりで何分待っても先にすすみません。
 何を待っているのだろう、不思議だ。

 次に試したのが、プライマリー・マスタにはシステムのはいったハード・ディスクを接続し、問題のハード・ディスクはスレーブ接続でディスケットからの起動。
 わー、なんなんだ、BIOS の設定を無視してプライマリーから起動するじゃないか、なんなんだ。
 ミ田NT4.0 が起動してしまいました。
 しかたない、ローカルアドミニストレータでログインして、ファイル管理からディスク・アドミニストレータを開き、問題のハードディスクのパーティションをさっくりと削除。何度か再起動しながら、一番先頭に2GBのプライマリー区画を初期化しました。

 このハード・ディスクに無事インストールできるかどうかは明日のお楽しみということで。

2004/02/25へ

2004/02/20 (Friday)
続・久しぶりに Perl なんか

 一日書いていました。

 できあがったソースを見直していると、なにやら昔日の Level2 BASIC のようです。ま、さすがに goto でもどるというのはなしですが。
 しかたないよな、Perl の構造化手法なんてぜんぜん知らないから。
 ともかくもきちんと動いたのでよしとしましょう。

 短いソースでしたが今回もいろいろと勉教になりました。わからないことも多いけど。


2004/02/23へ

2004/02/18 (Wednesday)
久しぶりに Perl なんか

 ふと思い立って書いてみましたが、もともとろくに勉教もせずに人様の動作確認済ソースを切り張りしてはなんとか動くものにしているというていたらくですから、行末のセミコロンを忘れて嵌まったり、ローカルでは開けるファイルが www の cgi では 500 エラーを返したりでもうさんざんでした。

 なんとか動いた時にはもうなんていうか、BASIC で ? を出せたときのように感動しました、いやマジで。

 おもしろいもので、いざきちんと動いて画面に表示ができると、それまでは考えてもいなかったような付加機能のアイデアが泉のようにわき出してきます、我ながらあきれました。
 まあ、今回は全部見送りですが。
 機能多すぎるし。
 データベース機能必須だし。
 その前に、フォームから入力したデータを再表示する時のクロススクリプト脆弱性をきちんと処理する方法覚えるほうが先だし。

 てなわけでパスしました。ううむもったいない。

 眼前の仕事を忌避するあまり、半年先納期の仕事を先に始めるっていうのはどうよ、と自問自答しています。

2004/02/20へ

2004/02/17 (Tuesday)
どうやら終息(MIMAL.R こと MYDOOM.A)

 やっと一日あたりの入電数が10匹代におさまってきました。

 いやすごい数だった、1月28日から、職場の代表アドレスに1600匹入電しました。
 まあこの1600レコード、全部マニュアルで入力したのかと思うと感無量ではあります。バカバカシイ…
 ウィルスデータベースは2001年11月28日から2年間以上にわたって情報収集しているので、もったいなくて止められないわけです。もう、意地ですね。

 一方、サーバのワクチンそうとは独自のデータベースをもっており、こちらでも同様のデータが取れるのですがいかんせんデータを取り始めたのが遅い。つうか、最近、新規にインストールしたので過去のデータがもしかしてあったのかも知れないけれど、ぽりっと削除されているのですね。
 で、そのデータベースの記録をみるともうつまんないことおびただしいわけです。
 worm_mydoom.a 一色((木玄火暴))。
 自分のデータベースだと、だんトツの首位ではありますがシェアは約6割ってとこ。登場しやがるウィルスさんも49種とけっこう多様です。
 それが、なんだい、サーバの記録では9割以上が mydoom.a で占められ、パイチャートなんか一色ですよ、一色。
 面白くもなんともない、酷いもんです。

 さても去年の夏に大流行した MS Brast の変種が発見されたというし、この話題は未来永劫なくならないんでしょうかねえsigh


2004/02/18へ

2004/02/03 (Tuesday) CPU切替器

 仕事先の机にこれを導入しました。

 これまでメインマシンに Windows NT4 ワークステーションと、とある業務開発用に Red Hat 9 と二台運用していたのです。
 ミ田マシンに17インチディスプレイ、Linux は15インチディスプレイ。キーボードはメインマシンのを机の上、Linux マシンはタワー本体の上。マウスは Linux はキャラクターモードでインストールしたのでとりあえずつないであるだけで使わない、というような環境でした。

 さて仕事先でも NT4.0 + Office97 という環境は少数派になってきており、大勢は(やっと)Windows 2000 + office 2000 という状況です。
 とうとう開発も office 2000 でということになり、でも NT4 も止められないという状況で、三台目を割当てられたというわけです。

 もうムリだよ、どうしたって机にディスプレイ三台は置けないよということで、4 CPU 切り替え器を調達しました。

 なんということでしょう!15インチディスプレイを取り去った後には無意味に広大な空間が出現したのです(アタリマエ)。

 今、ディスプレイの跡地に切替器を無意味に置いて、空間を楽しんでいます。まあすぐにいっぱいになるわけですが。

 そんなわけで、今夜秋葉原で ATI のグラフィクスボードをバルクで調達し、明日は Wiondows 2000 のインストールです。

2004/02/17へ

最初に戻る
戻る