コンピュータ環境 (2002/11)

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時系列・環境の変遷


 

2002/11/29 (Friday)
imasy解散ですか・14号機組立開始

imasy解散ですか

 昨日メーリングリストで運営委員から連絡がありました。来年の3月末で解散したいとのこと。資金難。
 まあ、ブロードバンド化の波に乗れなかったのが主因で新規会員が集まらずじり貧になったという展開ではないかと思います。
 いろいろと愛着のあるサイトですがしかたありません。

 とりあえず、Nifty と C3-net が残りますので、現在のページ構成を見なおして、更新していないページを大幅に切り捨て、分散して収容したいと思っています。ここんとこちと忙しいので作業は年末から1月末までになる見通し。

14号機組立開始

 Harry を召し上げられたのでしかたなしに。いやほんとです。

 まず CPU からですが、値段を見ると Athlon 2100+ が Palomino コアの最終版ということでコストパフォーマンスがいいわけです。で、これに決まり。
 ママンは例によって EPOX だねえ、と物色してました。そしたら新宿ヨドバシカメラで EP-8KHA+ というちと古いやつが 9.8K で一枚だけぽつんとおいてあり、調べたら BIOS の後期バージョンなら 2100+ に対応していると。これだね、と行動を起こそうとしたんですが手持ちがない。

 しかたない、売りましたよ同人誌((木玄火暴))。
 50冊くらい。もうどうしようもないくずみたいのからたつねこまでいろいろととりそろえて。

 で、できた現金握り締めてまずママンと CPU を確保しました。
 メモリはこれから。

 とりあえずメモリまでそろえれば1台組めるはずで。

  • 電源が Athlon に耐えられれば
  • こないだ動かなかった PW-968 が実は動けば

な〜んつう楽観論が通用すれば、ですが。待て次号

 名前はまだ決めてません。Morgan le Fay がえらいキマッタので苦労してます。N で始まる名前は今一つだ。


2002/11/25 (Monday)
Windows2000 です

 しうまつだけ手伝っている仕事先のマシンの話しですが。

 このマシン、3年前にこうにうした DELL の Optiplex 350 MHz、メモリ 256 MB という、当時では結構なハイスペックだっただけあり、いまだに通信販売の受注・伝票発行処理や、ネットカタログのページ作成などにばりばり使ってほとんどなんのストレスもありません。

 しかし、使用開始当時からひとつ問題がありました。
 Windows98 で、EPSON のイメージ・スキャナ GT9500 を SCSI 接続して画像取り込みに使用しているのですが、A4 カラー画像を連続して処理していると、処理速度が毎回遅くなり、だいたい20枚くらい読み込んだところでシステムがハングしてしまうのです。
 読み取りのプログラムは Photoshop v5 で、読み込んだ画像は毎回ディスクに書きだしてメモリからはきだしていますがそれでもだめです。
 自宅では、Iris に Windows95 + GT5500 という組み合わせがありますが、こちらではそういう症状は特にありません。

 これまで3年間、だいたい20枚をめどに、システムを再起動しては作業していたわけです。
 いったん読み込み作業が始まると、最低でも30枚、年2回は200枚以上を処理するというからけっこう大変です。

 次に、最近になって新たな問題が生じました。
 システムが不安定になってきたのです。
 これは、作業中にときどきシステムがハングするので、電源切断などをくりかえしてきたためと思われます。手っ取り早い復旧方法は窓の再インストールです。
 しかし、Office 95、Photoshop を始めとしたアプリケーションの再インストールが面倒くさいのでずるずると使っていました。
 特に、Photoshop は、マクロを登録してあるのがネック。4つ作ってあったのですがこれのエクスポートとかインポートの方法がわからず(だいたいそういう機能があるのかないのかも不明で)というていたらく。

 そしてとどめの問題です。

 作業を外注し始めた業者さんが使っている Office が、XP だと。もはや 95 の時代ではない、と。OLE 使用したプログラムの動作検証ができない、と。

 ことここに至ってついにあきらめました。OS と アプリケーションのいれかえです。
 ついでにそろそろはちきれそうなハード・ディスクの容量増加も決めました。
 予算をとって、買ってきました、Windows 2000、Office 2000、60 GB のハード・ディスク。そうです、いまだに 2000。XP ではありません。
 あくまでも保守的にひとつ前のバージョンを選択します。
 ハード・ディスクの構成はこんなんでした。それを変更します。

1.6 GBOS とアプリケーション退役
15 GBデータOS とアプリケーション
60 GBデータ

 これで、もしも Windows 2000 のインストールが失敗しても、退役したハード・ディスクを持ち出してくればすぐに作業が続行できます。その観点から、60 GB ハード・ディスクはあえて DOS フォーマットにすることにしました。システムを入れる 15 GB は、NTFS です。

 なんていう計画をねって、土曜日の朝から作業を始めました。まず機体のふたを開き、中を確認すると、もう予備の電源がありませんので、CD-ROM のバスと電源を引き抜きます。ハード・ディスクのディップを確認、マスタの位置にして、IDE セカンダリの唯一のドライブにしました。
 システムを起動して BIOS にはいると、3台のハード・ディスクを認識していますので、よしよしと Windows 98 を起動しました。
 すっかり忘れ果てていたのですが、60 GB のハード・ディスクをアプリケーションから認識させるためには、FDISK が必要だったのですね。うろたえて領域確保しました。く〜時間がかかる。
 続いて、初期化です。これは Windows ではあっというまに終わりますが、実は verify していません。そこで scandisk を起動しますとこれがまた延々と時間をくいます。
 もう待ちきれねえ、と途中で scandisk をぶちきり、15 GB の中身をそっくり複写し始めました。これも結構な時間がかかります。なにしろ 15 GB のうち、10 GB 以上使っていたのです。さすがに3年は長いわ、と嘆息したのでした。

 さて複写が終わるともう正午を過ぎています。すぐに電源を切断し、ハード・ディスクを3台とも取り外しました。CD-ROM を再接続し、15 GB のハード・ディスクのディップをマスタに、60 GB ハード・ディスクのディップをスレーブにしてそれぞれもと 1.6 GB、15 GB のあった場所に固定しました。

 用意しておいた起動用のディスケットで FDISK にはいり、15 GB HDD の領域を 14 GB と 1 GB に分割して、14 GB 領域をアクティブ領域としました。ここで、設定を生かすために電源切断。

 すぐにシステムを起動し、BIOS にはいります。
 デバイスを確認、2台のハード・ディスクと1台の CD-ROM を認識しています。
 起動デバイスの順番を、ディスケット→CD-ROM→ハード・ディスクに変更し、Windows 2000 の CD-ROM を挿入して起動してみました。

 ここでお約束のどじを踏みまして。
 めったにやらない CD-ROM からの起動画面にまどわされ、CD から起動すんなら何かキーを押してちょ、というメッセージを見落としてしまいました。
 結果、NO SYSTEM。

 このメッセージは、15 GB ハード・ディスク(のうち、アクティブに指定した 14 GB の領域)からの起動に失敗したという意味なのですが、これも勘違いし、「そうか、この CD は、bootable ではないのか」と。もう救いようのないバカです。
 ディスケットから起動して Windows 2000 の CD を見てみます。Setup.Exe がある。ぽちっと実行。

このプログラムは DOS モードでは起動しません。

 ううむ、だめか。と、いうわけで CD の中をエクスプローラ。なんか、起動用のディスケットを作成するプログラムを見つけたりして(ファイル名失念)。実行してみると、

ディスケットが4枚必要です

みたいな。
 よしよし、とディスケットを準備して作業を進め、起動用のディスケット4枚ができました。

 できたディスケットを入れてシステム再起動。うむうむ。進んでいく。
 しかし、途中でなんかエラーメッセージを表示し、進んでくれません。困った。

 DELL のユーザ・サポートに電話してみることにしました。番号を調べて電話すると「混み合っているので後からかけるか、このまま待ってくれ」という録音されたメッセージ。着払い電話なのでそのまましばらく待ってみましたがいっこうにつながる気配がありません。
 5分くらい待ちましたがらちがあかないので、なんとなく CD を入れたままでシステムを再起動してみました。
 今度は運よくメッセージに気がつき、キーを何か押したのでめでたく CD boot に成功しました。

 後は何の問題もなくさくさくとインストールが進みました。今回こうにうした Windows 2000 はアップグレード版なので、途中で Windows の CD とか要求してきます。Windows 98 の CD を入れてパス。
 交換している時に気づきました。ううむ、Windows 2000 のバージョンが sp3 になっている。やっぱり枯れてから買うものです。
 インストール先のディスクは NTFS で初期化というわけで、これも結構待たされます。今度はきちんと verify してるし。
 まあこれも無事終了してめでたくインストールが完了しました。

 続いてアプリケーションです。

  • VB6 (と、MSDN つごう CD3 枚)
  • Office2000
  • Photoshop v5

と順番にインストールして、あらかじめダウンロードしておいた GT9500 とプリンタのドライバも読ませます。
 Photoshop を起動して試しに2〜3枚の画像読み取りを試みますがなかなかいい感じです。時間が押していたので連続処理はしませんでした。
 続いて Photoshop のマクロを再登録。あらかじめ紙に移しておいた手順を見ながらやりましたよ、結局。
 Irfanview と ffftp はレジストリをいぢらないのでそのままでokok。CopyExt と Netscape はプログラムを忘れてきたのでらいしうのインストールとしました。
 1 GB 残しておいたドライブは何に使うかといいますと、NTFS で初期化したあと、CD の英和辞書をそのまま複写しました。これでアクセスがぐんと早くなります。

 全部終了したのは5時でした。いやよくやったよ、自分、と誉めてやりたい気分になりました。
 最後に、つなぎっぱなしだった DELL のサポートの電話を切りました。結局4時間待ってつながりませんでしたチャンチャン

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2002/11/20 (Wednesday)
続・ハードウェア祭

 というわけで、いろいろと交換部品を持って再挑戦となりました。

  • Harry 本体
  • AOPEN のママン
  • Compaq Deskpro4000 から剥がした電源
  • 同上・ディスケットドライブ
  • 同上・CD-ROMドライブ

さて現着してさっそく電源を取りだします。剥がした Deskpro4000 は、勤務先のもので、動作がおかしくなって廃棄し、部品取りに使っているものです。
 シャーシの電源を取り外して交換しようとしたらはいりません。サイズを比べると、Compaq のほうが大きいのです。なんと ATX 電源ではなかった、と。なるほど NLX 規格とはこういうものか、と変なことに感心しつつとにかく結線だけして電源投入してみました。
 結果、正常に起動。

 ううむ、電源が逝っていたのか、とふたりで感慨を新たにしました。本当、初めてだよ、電源が逝ったなんて。

 そこで、近くのバーツ屋に行って電源を調達してきました。
 200W (だったかな)で、定価2.98K。わりといい買い物かも。

 さて事態は振り出しに戻りました。
 ディスケットから起動すると正常にプロンプトを表示します。
 そこで、CD-R を入れてみると、メディアがない、とか言ってきます。何枚か交換してみますがメッセージは変わりません。これでは何もできないではないか。
 さらに、新品のハード・ディスクを接続して電源投入するとメモリカウントすらしません。

 問題の切り分けができないので、今度は AOPEN のママンを取り出して交換してみることにしました。
 交換してみましたがやはりメモリカウントすらしません。今度はハード・ディスクを接続しなくてもだめです。
 ううむ、これは AOPEN のママンも逝っているな、と判定してしかたない、Harry を持ち出しました。

 Harry は輸送中に自動車の後部座席から床に転げ落ちてその後も右に左に暴れ回っていたので実は大変不安でした。
 不安は的中し、Harry もまた起動しません。
 しかしこの問題は Harry のビデオボードを、動かない機体から取り出したものと交換することで解消することができました。
 久しぶりに見る Linux の起動画面。ここで電源を切断し、ハード・ディスクを交換してみます。
 やはりメモリカウントすらしません。
 ハード・ディスクに問題ありです。やっと部品を特定することができました。

 ハード・ディスクを取り外し、まずディップを確認します。ちゃんと「マスタ」の位置になっている。
 あれれ…、「シングル」という設定があるよ。もしかしたら、ハード・ディスク1台のときは「シングル」なんじゃないの?
 というわけで、ディップを変更、接続して電源投入してみました。結果、成功。

 どっと疲れました。

 本来なら、元の機体にママンを戻して、ハード・ディスクを装着するところなのですがもうやる気なくて Harry をそのまま置いてきました。
 かわりに、動かない機体のシャーシとママンと 200 MHz の CPU、EDO 32 M * 2 をもらってきましたが、正直これで1台組みたいとは思っていません。
 シャーシだけ流用してママンから CPU から新品にしたいところですが、金もなし、サイクルタイム3倍になるまでは新機種を組まないと決めている手前、次の CPU は、最低 3(.3) GHz になるのを待たなけりゃだし、もう、そのままかもしれません。

 しかし、そうなると Linux の勉強をする機体がなくなってしまったので、Iris の機能を Morgan le Fay に移行して Morgan le Fay をメインにするしかないのですが、これも問題が多くて。
 Morgan le Fay の機体は宅で一番小さく、周辺機器が Iris よりもすくなくとも一つは少なくしかはいらないのです。そうでなくても Iris は内蔵の CD-R や、マイクロディスクの I/O、小容量のハード・ディスクなどで内部ベイはいっぱいですから、もうにっちもさっちもいきません。
 ううむ、袋小路にはいり込んでしまいました。

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2002/11/11 (Monday)
ハードウェア祭のヨカーン

 知り合いというか恩人というか、もともとは開発を外注したソフトハウスの助っ人だった SE さんなのですが、もうン十年来の付き合いがずるずると続いていて、しまいにはこちらが仕事もらったりしてよくわかんない関係になっている方から連絡をもらっていたのです。
 自宅の PC、ハードディスクがおちたので新品を調達し、交換して窓をインストールしようとしているのだがうまくいかない、と。
 これが約2〜3ヵ月前のこと。
 いつでも行って手伝いますと言っていたら、いよいよ来ましたアポ。で、昨日の日曜日に行ってみました。

 古い PC なので、CD boot できないわけです。
 なにしろ Socket7 に 200MHz の P5、メモリは当然 EDO * 4 つう構成です。からくもママンが ATX なのが救い(これ伏線ね)。
 そこで、DOS で起動して CD を認識させなくてはいけないという昔なつかしい MSCDEX.EXE とかデバドラとか、config.sys だ autoexec.bat だと、何年(10年か?)時代を逆行したような話しを続けて、起動ディスケットを郵送して、それでもうまくいっていなかったという暗い過去がありました。
 念のためと、3.5 インチディスケットドライブと CD-ROM ドライブの中古品を持っていきました。

 さて新たに持参した起動ディスケットを挿入して電源投入すると、メモリカウントの後、しばらくして一瞬ディスケットドライブのパワーが点灯し、すぐに消えてそのまま凍ってしまいます。
 BIOS にはいってみると、boot 起動順が HDD→Diskette になっていたのでこれを Diskette→HDD に変更して再起動。
 やっぱり同じです。

 何回かくりかえしているうちに、今度は電源投入時に反応しなくなってしまいました。
 普通なら電源投入と同時に CPU ファンが回転し始めてモニターにメモリカウントの数字を表示しますけど、これら一切合財まるで反応なし。
 おろおろと電源スイッチをいじるうちに、恩師(と呼んでおこう)が、電源スイッチが「入」になるタイミングに、一瞬フロントに並んだ三つのランプが点灯することに気付きました。
 1回スイッチを押す(これで off になります)と、なにもしない。もう1回スイッチを押す(これで on になります)と、一瞬だけランプが点灯してすぐに消える。
(恩)これは、スイッチが壊れてるんじゃないですか
(私)そうっすかねえ
分解してみましょう
(ヲイヲイ)
ううむ、壊れてないみたいですね。この状態で通電してますね…(と、後ろの電源を引き抜き、刺す)ほら、一瞬点灯した
スイッチは無罪ってことで…直せます?
無理でしょう(ヲイヲイ)
ちょっと貸してみてください…これこれこれ、このこのこの…あ、直った(ヲイヲイヲイ)

 もう漫才です。
 そこで、どうもいじっているうちに電源かママンが逝ったらしいということになりました。らいしう実機(Harry)を持ち込んで部品を一個ずつ交換し、原因究明の予定です。
 実は、家を出がけに Harry も持参しようかと思ったのです。
 でも、ディスケットと CD のドライブがあれば多分大丈夫だろうと決めつけてしまったのでした。反省の余地ありです。

 というわけでこの章はらいしうに続きます。

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2002/11/08 (Friday)
続・ウィルスメール

 ワークステーションのリアルタイム検索をどうしてくぐり抜けたのか分からなかったので、不審な jpg ファイルをサーバーに複写し、該当ディレクトリだけワクチンプログラムでスキャンしてみたところ、WARM_YAHA.G という奴だったことがわかりました。

 ふうむ、jpg を Outlook とかが実行しようとして初めて探知するタイプなのだろうか。

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2002/11/06 (Wednesday)
ウィルスメールのサンプル

 余りにみえみえの妖しいメールが来ました。

Subject: Fw: goldfish
Date: Wed,06 Nov 2002 12:14:00 PM
From: Nordin Saisi
To: *******@**.*****.**.**

Content-Transfer-Encoding: quoted-printable Hi Dear
Check the attach
See u

.
.
Enjoy the attachement

goldfish.jpg
Name: goldfish.jpg
Type: タイプ未指定 (application/octet-stream)
Encoding: base64

拡張子が jpg で、Type が application/octet-stream かよ、みたいな。

 どんな画像かな、とダブルクリックすると、OE ならこれ、EXE と解釈して実行してしまうと。その証拠:

00000000 : 4D 5A 90 00 03 00 00 00 04 00 00 00 FF FF 00 00 : MZ..............
00000010 : B8 00 00 00 00 00 00 00 40 00 00 00 00 00 00 00 : ........@.......
00000020 : 00 00 00 00 00 00 00 00 00 00 00 00 00 00 00 00 : ................
00000030 : 00 00 00 00 00 00 00 00 00 00 00 00 D8 00 00 00 : ................
00000040 : 0E 1F BA 0E 00 B4 09 CD 21 B8 01 4C CD 21 54 68 : ........!..L.!Th
00000050 : 69 73 20 70 72 6F 67 72 61 6D 20 63 61 6E 6E 6F : is program canno
00000060 : 74 20 62 65 20 72 75 6E 20 69 6E 20 44 4F 53 20 : t be run in DOS
00000070 : 6D 6F 64 65 2E 0D 0D 0A 24 00 00 00 00 00 00 00 : mode....$.......

しかも、念のいったことにこの約30Kのファイルには画像もちゃんと格納されているのです。安心して踏んでください、画像だけ抜きだしたファイルにしてあります(つーかよく汚染されてるとわかってるファイル開くよな<わたし)。

 なんか、普段は右から左へ削除するウィルスですが、今日はちょっと中身を観察してみたということで。

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2002/11/04 (Monday)
Kalen 100 Base

 家族が Kalen で印刷したいというので環境を調べてみたところ、ネットワークプリンタがインストールしてあるのに印刷できません。
 いろいろ調べて、結局ついでに 100 Base 化し、ネットワークプロトコルの余分なダイアルアップ接続を削除して VP1000 を印刷可能にしました。
 そして、MD5000i は Alps から最新版のドライバをダウンロードしてこれも印刷可能にしました。
 その過程で音が出なくなり(爆笑の嵐)、現在、不明のデバイスを一個、使用不可にしてあります。ドライバ捜してインストールしなおしです。

 これで、半分の3台が 100 Base になりました。
 のこるは、Linux の Harry、家族の Grace と Leah です。
 Leah は今日の午後セットアップしようとしたら、都合が悪いと断られました。
 Grace は持ち主にカードを渡したので後は任せます。
 Harry は…やりますよ、もちろん((汗))

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2002/11/02 (Saturday)
Morgan le Fay 再起動

 というわけで、昨日の退社後魔の街によりまして Duron 1.1 GHz をこうにうしてまいりました。
 さっそく取りつけて、さて落ちた CPU ファンを取りつけようとして気がつきました。
 ママンのファン取りつけ用爪が折れている。
 これはもう、笑うしかありません。

 さて今日も今日とてあちこち出かける用事がたまっていますが全部てきとーにはしょって片付けて、やって参りました新宿ヨドバシカメラ。ここで、爪の折れたママンのために、残る2本の爪でひっかけられるファンを捜そうという。
 もし見つからなければその足でふたたび魔の街を襲撃の予定だったですが、無事発見することができました。爪3本全部使って固定するタイプのファン。
 税込み約3K。ううっ、昨日の Duron 約5Kと合わせて…ああっ考えたくないっ

 いつもより3時間以上早く帰宅してさっそくファンを取りつけます。ううむ、固い、固い。やっとのことで取り付け通電実験。
 おお、ママンのモニターが次々と進んで行く。無事FFまで表示しました。こちら側は大丈夫みたい。
 実は昨日上司から「いやあ、マザーボードまで逝ってるんじゃないの」とか脅かされていたのですがほっとしました。

 なんか、8Kも使って以前と同じサイクルタイムというのもなんか忸怩としない思いがありますが。
 せめて 1.2 とか 1.3 GHz にしたかった、とか。
 まあいいですけど。動けば。

 しかし…これで、ついてる CPU が Morgan コアの Duron ということで、名実ともに Morgan le Fay...

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2002/11/01 (Friday)
Morgan le Fay のヤキトリ

 昇天してしまいました(;´Д`)
 「ガタン」と音がして、何だろう…と思っているうちにぷ〜んときな臭い匂いが。あわてて電源ボタンを押すが切れません。裏のコードを引き抜いてふたを開けてみると、CPU ファンが落ちていました。あんまりだ。

 きっと、昨日 NIC を交換した時にがたがた動かして、かしめが甘くなってしまったんだ。えっえっ…

 それにしても、Thunderbird コアのヤキトリとは話しができすぎていて腹立つ気力もありません。
 ママンは XP に対応していないので、いまさら高い MP は買えず、Duron の 1.2 あたりでお茶を濁すことにしました。続きはまた。

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