コンピュータ環境 (2001/09)

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時系列・環境の変遷


 

2001/09/29 (Saturday)
Dorothy に CD-R をつけてみた…

 これは仕事先のコンピュータにつける目的でこうにうした、SCSI-2、16 倍 write、10倍 re-write、40 倍 read のものです。Dorothy の C-BUS に入れてある SCSI ボードと同じメイカーのものにして最後の望みをたくして実験してみました。
 結果、CD としては認識しましたが、B's Recorder が CD-R を見つけきらずに起動せず、失敗しました。さらに、この CD-R を装着中は、CD-Box に装着してある CD を認識しませんでした。

 不安になって、CD-R を除去したあと念の為に再起動してみましたら同じドライブ番号で CD-Box の CD を認識しました。

 もう少し昔だったら、C-Bus の SCSI でも対応した CD-R があったかもしれないと思うと残念でなりません。専用機にするんだから2倍速でも十分なのですが…なにしろ、音楽 CD-R を焼くときは1倍速ですから80分からかかります。それ考えたら2倍速でもどうってことありません。ああくやしいよう。

2001/09/26 (Wednesday)
「ペット同伴旅行」作成プログラム仕様追加

 前から気になっていたのです。
 「変更履歴」で時々「削除しました」という報告を入れます。この「削除された」施設にリンクが貼られていて、もちろん削除されていますから飛んでもどこにも行かないわけ。
 ず〜っと気にしていたのだけれどどうしたら解決できるのか真剣に考えていなかった((木玄火暴))。
 でも、「それではいけない」と、考えた。考えた。考えた。
 出た結論、「変更履歴テーブル」に削除フラグを立てること。これぢゃ。

 システム内では、あそこ(変更履歴)は、本体とは別の「変更履歴」テーブルとして独立しています。そこで、テーブルに「削除フラグ」フィールドを追加。入力画面にもチェック・マークを入れられるようにしました。
 これで、削除する告知のときはチェック・ボックスにチェックを入れることにして、プログラムでは、チェックがはいっていたら施設を HREF で囲まないようにコードを追加する、と。
 書いているとややこしいですが、コードにするとほんの3〜4行の追加と変更で済みました。これで削除された施設にハイパーリンクのシンボルは出なくなり、まことにすっきりしてめでたいことです。

 しかも、自分でやっておいて驚いたことには、過去の履歴と本ページの履歴とを、おなじルーチンで処理し、年の値を参照して出力先を変えるという手法をとっていましたので、変更は一ヶ所で済みました。我ながら大したものだ、と自画自賛。

 後の問題は、削除メッセージを入力するときに、問題のチェックを入れ忘れないようにすることだけですが…((汗))
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2001/09/19 (Wednesday)
Linux - Apache

 このところ、ずっと Apache と格闘しています。これまでに、

  • ホスト名を変更して別のドメインにした
  • ドメイン内にユーザを作って、「hogehoge.com/~harry」を表示できるようにした

などの成果をあげることができました。しかし苦労したよ。

ホスト名の変更

 もうビギナー中のビギナーの格闘の記録ですから、みなさん笑って読んでください。

 これは、端末側と、両方の環境を変更する必要があります。まず HOST 側は、Apache のホスト名の変更になりますので、/etc/httpd/conf/httpd.conf の値を変更します。そして、ネットワーク上のマシン名は/etc/sysconfig/network の HOSTNAME を編集します。

 端末側は、窓マシンなので、c:/windows/hosts の、192.168.0.** のホスト名をネットワーク・マシン名と同じ名前に変更します。

 今のところ、この3つの名前の関係がまだよくわかっていませんのでこれからもう少しいぢって研究してみようと思っています。

ユーザの作成

 これにはハマリました。

 まず、/etc/httpd/conf/httpd.conf のセクション2で、注釈になっている、

<Directory /home/*/public_html>
AllowOverride FileInfo AuthConfig Limit
Options MultiViews Indexes SymLinksIfOwnerMatch IncludesNoExec
<Limit GET POST OPTIONS PROPFIND>
Order allow,deny
Allow from all
</Limit>
<Limit PUT DELETE PATCH PROPPATCH MKCOL COPY MOVE LOCK UNLOCK>
Order deny,allow
Deny from all
</Limit>
</Directory>

これらを全部活かしました。

 一方、実際のデータのほうは、/home/harry (今回のユーザ)配下に、public_html ディレクトリを作成しました。そして、その中に index.html ファイルを入れて、これで準備完了…(分かる人は笑ってやってください)。

 さてこれでホスト名 hogehoge.com というマシンが、当家の唯一の Linux マシン (Harry と呼称) にできているわけなので、端末の窓マシン Iris の NN あたりから、url を、http://hogehoge.com とやってやると、これはあらかじめ仕込んでおいた html ファイルを表示します。
 しかし、http://hogehoge.com/~harry とやると、403 Forbidden ... You do not have a parmission to access this file みたいなメッセージを表示するのです。
 パーミッションならホストのディレクトリのだろうと見当をつけて、/home/harry/public_html のパーミッションを調べてみると、wrxwr____ ということで、一般人に対して読みこみ書きこみ実行許可が与えられていません。「あ、これじゃん」と、chmod +or と、一般人に読み込み許可を与えました。
 結果、変らず。

 さあ、それからこの謎を解くのに3日かかったと書いたら識者の方は腹を抱えて床の上を転げ回って笑うことでしょう。参考書を何冊も読みましたが、その辺のパーミッションについて扱っているものは皆無でした。ま、もともと当家の参考書はろくなものがありませんが。
 最後に、Apacheメイリングリストの過去の記事の検索にたどり着いて過去ログを調べてみました。FAQだろうと思ったのですが案の定 forbidden で、1,000 件以上ヒットし、その中から回答を得ることができました。

 chmod +or ではなく、 +ox だったのですね、実行権限が必要だったのです。
 これには腰が抜けるほど驚きました。
 html ファイルは表示しているのだから、読めればいいのではないかとばかり信じていたのです。それが実行だったとは…こういうのを「眼に鱗が飛び込んだ」と言うのでしょうか。なにはともあれ大発見でした。

 これだけのことをやっていたのだから途中経過の報告でもすべきだったかもしれませんが、やってもやってもわからないことばかりでは、書く方も身がはいりません。成果がでたのでやっと報告できたということで。
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2001/09/14 (Friday)
コンピュータ日記の仕掛かりも終了

 いやめでたい。
 これで毎月単月分だけきり出して新しいフォームを作る必要がなくなりました。
 コンピュータも同人も、同じテーブルに入れてフラグで調整したほうがデータベースとしてはスマートなんでしょうけど、残念ながらわたしはソースにスマートさなど求めるつもりはなぁい(笑)。
 動けばいいんです。動かなかったらナッシングだから。

 こういう思考してるから病気になるんだなあ…sigh
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2001/09/13 (Thursday)
同人日記をデータベース化

 やはり、こういう手の随想文を WordPad で書いているのは内心忸怩たるものがある、というわけでは別にないのですが、楽をできるにこしたことはありませんからということで、まず簡単なほうの同人日記を ACCESS データベースにしてみました。フォームからデータを入力してボタンにつけたプログラムで html を作りなおすという、いつもの手法です。これしか考えつかん。頭固くなってきたなあ。昔なら違う方法の二つや五つ、たちどころに、あわわ、あわわ^;)
 ともかくこれで作文が楽になったことは確かなので、もう少したくさん書けるかもしれません。といっても、ネタがないと、ねえ。
 あっちとクロスしてしまうからコンペの話しはしませんが、今度はこっちをデータベース化する作業を考えようかと思っています。しかし、こちらは毎月1ヶ月分を分離するという作業があり結構大変。HREFのラベルを書き換えなければいけないのですよ。

 そういう繁雑な作業を全部手でやっているんですよ、今は。同情してやってください、あ、石投げないで(笑)。

 話しは変りますが、これの開発に使用した ACCESS95 の調子がなんか変。あんまり変なのでいったん削除して再インストールしたら、Help を表示しなくなってしまいました。ううむ、ACCESS97 を入れた後から 95 を入れなおしたのがまずかったかなあ。Office97 を全部削除してから再インストールすべきだったかも。
 Help なんて馬鹿にしてますが、結局参照して例を見ないと分からないコマンドが山とありますからねえ、Help 見れないのは痛いです。いよいよとなったら Office 総再インストールですね。
 なぜ ACCESS95 にこだわって、97 にしないかというのに特に理由はないのですが、なんとなく 95 の方が手になじんでいるのです。確かに 97 の方が親切になっているしプログラミングの支援も充実していて、97 の後で 95 でプログラミングすると、特に「う〜む、97 に移行するかなあ」とか思ったりします。でも、わたし、想像以上に頑固なんですね。これも老化の始まりかもね。

 95 の Help は、なんとなく表示するようになりましたが、「目次」は表示してくれません。まあ、「キー・ワード」検索が主だからなんとかなるか。

 とかなんとか書いているうちに我慢できなくなって、こちらもデータベース化してしまいました。ただ、単月ごとに分離するプログラムは後回し。ソースは汚くなったけど、ま、自動化のトレード・オフということであきらめます(とか言って、タブの数を勘定してたりするんだよな、プログラム組みながら…)。あー、やだやだ(と自己嫌悪)。
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2001/09/09 (Sunday)
Apache 起動のなぞ

 どうして httpd はほかのプログラムのように電源投入したときに自動的に起動しないのか不思議です。

 考えてみれば、サーバは1年365日24時間稼働しっぱなしなのであり、そういう意味では一度電源投入したらマニュアルで httpd とコンソール入力すればすむことではあります。しかしそれは、他の、bind や sendmail などのサーバープログラムでも同じことであり、特に sendmail は自動的に起動します。
 この謎は当分の間解けないことでしょう。もう本人に問題解決の意欲がなくなっているからです。
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2001/09/07 (Friday)
WWWサーバ

 どえらい苦労をしましたが、セキュリティ以外の問題解決に成功しました。いや大変だった。

 心身共にぶっこわれて、水曜日に、医師からしうまつまで自宅謹慎を言い渡されていなかったら絶対できないところでした((木玄火暴))。

 まず、Red Hat 7.1 のインストールですがこれはもうせんしうまつに何度もやっていたのでそれほど大したことではなくなりました。いつでも再インストールしてやるぜ(苦笑)。
 それから、家庭内 LAN の Iris から Telnet、FTP しようとしたのですがこれで大苦戦しました。あ、その前にコンソールの日本語化があったんだ。この問題はプロバイダのメーリング・リストに聞いて教えてもらって解決しました…っていっても、コンソールの日本語化プログラムなので、後述する Telnet の日本語化ではないのがちょっと痛いです。
 Telnet も FTP も、xinetd というスーパーサーバーの配下で稼働します(Linux をご存じの方はにやにやしながら読んでください)。とりあえず Iris に hosts を設定して、Harry の固定 IP アドレスを記述しました。これで ping が通るようになりました。しかし、Telnet も FTP も、接続エラーを起こします。これでもかというほど穴のあくほど、CD-ROM に付いてきた参考書や、それまでに買っていた参考書を読み、ついに xinetd が参照している Telnet や FTP を制御するファイル内で、これらのサービスをデフォルトでは動かない設定になっているのを発見したのでした。このパラメータの値をいぢって動くようにしたつもりだったのですが、やはり接続エラーで失敗しました。それであきらめて作業を中断し、寝たのが木曜の夜。
 奇怪なことに今日、電源を投入して念の為に試してみると、Telnet も FTP も動くではありませんか。ううむ、パラメータの値を変更したあと、xinetd を再起動したつもりだったのだが…しかも reboot もしたつもりだったのだが……

 今日はもっぱら Apache の整備をしました。これでも驚かされたのは、添付の参考書には一言も書いていないことには、Apache のプログラム、httpd は、自動的に起動するようになっていなかったのです。コンソールから投入するとか何かして、明示的に起動させる必要があるのでした。
 ただ、Apache はそれを突破したあとは、制御ファイル htppd.conf のパラメータをきっちり定義してやればそれほど苦労せずに目的の html ファイルを表示させてやることができました。明日は、セキュリティを固めようと思っています。

 移行する html、jpg、gif などのファイルの整備もしました。移行先の環境で CGI がどこまで使えるか分からないので、その部分だけ現在使用しているプロバイダのページに飛ばすというトリッキーな仕様です。何のために独自ドメイン名を取得したのか、今の時点では意味がありません。
 しかし、コミケのファイルは増える一方なので、しばらくすると 100MB を突破します。その時に、レンタル・サーバに変更して全面的に移管する予定です。

 それまでにせいぜい勉教してきっちり運用できるようになっていようと決意を新たにしました。
 まだ、DNS、DHCP、SendMail など勉教しなくてはいけないことがいっぱいあります。

 それに、運用がうまくいくようになったら、Perl でプログラムも書きたいし。何書くかはまだ決めていませんけど。
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2001/09/04 (Tuesday)
RedHatはおもしろい

 ちょうど、MS-DOS 2.11 を学習していた頃を思い出すようです。インストールもテキスト・モードでやりましたし。全部コマンド・ラインからプロンプトにそってコマンド打っていくの。
 といってもまだまだ始めたばかりで、システムの起動と終了、ユーザの追加、スーパーユーザー獲得くらいしかできていませんが。

 これから、

  • 日本語を正確に表示できるようにして(やっぱりまただめだった)
  • 窓端末(Iris)からTelnet、FTPできるようにして
  • httd(Apache)のディレクトリを作ってデータを転送して
  • 不逞の輩がシステムをいぢりまわさないようガードを固める

といった大仕事が待っているのです。ううむ、先は長いぜ。

 日本語の問題については、いっそ全部英語でやってもいいのだけど(扱うデータが全部英語なので)、あれって読むのかったるいしなあ…

 ちっとも知りませんでしたが、RedHatは、Debianと似たコマンド体系なのですね。以前こうにうした、重くて厚くて使えない、と思っていた Debian の参考書が意外と役に立っています。それともっと昔に購入していた UNIX のコマンド集。これ、vi のかなり詳しい使い方が乗っているので使えるかも、と思っています。

 それにしても Linux の参考書というのは、なんといったらいいのかよくわからないけど、IBM の S/34 とか S/36 という太古のオフコンと同じくらい複雑なコマンド体系をしているくせに、一冊一冊に書いてある内容は MS-DOS 並みのことで、全体を体系立ててこれ1冊(1セット)読んだら全部わかる、というものがありませんね。操作員ひとりではなにもかもしないから必要ない(必要に応じてこうにうすればよい)のかもしれないけど、あれば便利と思うのだけどな。

 それと、コンフィグレーション・ファイルが実に多い。アプリケーションごとにあるのは当然として、OSレベルでいくつもあるのはなんか解せない印象があります。RedHat は、7.1 になって3個あったOSのコンフィグレーション・ファイルを1個にまとめたそうですが内容の多彩さについてどうこういうつもりはないので、ともかくこのファイルをいぢれば環境を変更できるというようにした方がいいと思います。それとも、これもパイレーツ対策なんでしょうか。

 じつは、このディストリビューションにはサービス・クーポンが付いていて、ユーザ登録すれば、それから15日間の間はどんな質問にも答えてくれるというのです。
 今はまだ、「なにが分からないのかわかっていない」状態なので、もう少し勉教して「何が分かっていないのかわかる」状態になったらそれまでにため込んだ未解決の質問をごっそりまとめて質問してみようと思っています。それまでは、プロバイダーのメーリング・リストでぼちぼち質問していくつもりです。聞かれる方はいい迷惑でしょうねえ、ごめんなさい。まあ、回答の義務はないんだから、いいでしょう、とか。

 それにしても、「Linux をやるんだ」と宣言してからもうまる3年?4年??やっとのことで夢が実現できた、っていうよりあまりに怠慢過ぎたなあ…
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2001/09/03 (Monday)
RedHat 7.1

 日曜日はLinuxに振り回された1日でした。例によってクスリのせいか4時に起床してしまったので、このあいだこうにうした「RedHat7.1サーバー構築術にうもん」みたいな書籍に添付されていたCDでインストールを試みたのですが、結局6回やり直しました。

 実は、とあるところでRedHatの運営担当者をやる羽目になりそうで、時期は1年ほど先になったのですが最初はもう今月からだということでかなり焦っていました。それで、ずっと懸案になっていた Harry に、Debianではなくて、運用担当するのと同じディストリビューションのRedHatをインストールすることにしたのでした。また、ディストリビューションもワークステーションではなくてサーバーを指向したものになっていたのでこれは好都合とこうにうしていたものでした。

 だいたい Linux 本というと、操作コマンドの説明書が多くて、各サーバー(DNSとか、Apatch(?)とか、SendMail、DHCPなど)の制御ファイルの説明のあるものは少なくてなかなか見つけられなかったのです。
 どうも人間がずさんというか短気というか、書籍の題だけ見て中身を見ずにこうにうすることが多くて、いざこうにうして読みはじめたあと「ううむ、これはちがう」というものがほとんどでしたが今回はヒットしました。

 で、書籍としてはヒットしたのはいいのですがインストールの説明が実に簡単で実際の画面と対応しておらず、というか省略だらけで「このオプションを選択したらどうなるのであろう」という疑問は全部オン・ラインの英語のヘルプを参照しなさいという実にLinux的な解法で、「そんなもの読んでられるか」という反抗的な態度が災いし、1回目のインストールでは日本語が全部文字化けしてしまいました。

 そこで最初からもういちどインストールしなおすこととし、また別のトラブルを抱え、またインストールしなおし、今度は X をインストールせずにテキストでやってみようということで失敗し、また x を入れて失敗し、それでも最後に、書籍の解説が全部テキスト・ベースになっているので、やっぱりテキスト・モードでインストールしてみてなんとかなったみたいです。

 しかし、その最後のインストールはもう就寝時刻が迫っている午後9時だったので、検証はあきらめて作業終了しました。

 主な問題点は、

  • 日本語が化ける
  • ユーザの追加ができない

だったので、この2点をクリアした時点で本日の作業は良しとしたわけです。

 しかし、

  • 窓端末(Iris)から ping は通るのに Telnet できない (hosts を窓に入れた)
  • 同、FFFTP (FTP 転送そうと) も接続できない

という問題も残っており、前途多難です。これはおそらくファイアウォールの関係と思われますので、各設定ファイルを細かくチェックして一つずつ潰すしかないみたいです。
 とりあえず家庭内 LAN からだけでもはいれるようにしないと本番マシンのエミュレートが出来ません。

 この1年はバーチャル・サーバーで運用なので基本的にはいままでと同じ(変るのは独自ドメインになるだけ)なのですが、1年経ったらレンタル・サーバに移行して全部自分でやらなければいけなくなるのでそれまでに習熟しておかなければなりません。ううむ、困ったものだ。

 しかし、考えようによっては懸案だった Linux のがくしうがはからずもできるわけですから、これはこれでよしというものです。

 Storm2000, Debian と、3個目のディストリビューションですが RedHat はこれまでとなんか違う気がします。テキスト・モードがある(Storm や Debian にもあったのかもしれないけど)せいかもしれません。
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