コンピュータ環境 (2001/5)

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時系列・環境の変遷


 

2001. 5.28 (Tue.)
危ないおもちゃ

~Athlon用倍率変更シール" いやあ、こんなモノを売っているとは思いませんでした。雑誌でいろいろ読んで、もう発売終了していたと思っていたのですが、売ってた店、偉いっ。お値段は 1.4K くらいでしたが、3セットはいっていて、安いものです。
 L1 をショートさせるにはいろいろな方法があるらしく、シャープペンシルを使う(どうやるのか不明)などなどですが、このショート・シールは、一時出回っていたが今は単品では売っていなくて、何かの部品の付録になっていてお値段は 7.5K とかいう情報しかにうしゅしていなかったので、これはもうけ物でした。
 ただ、M/B の設定が 12倍までしか行かないので、あとは FSB とかで稼ぐしかないのがちょっちつらいところです。でも、自由にいぢれるようになるというのは、これはこれで快感があります。

 最近はすっかり不精になってしまい、雑誌もろくに読んでいないので、Athlon の倍率変更方法(L1 をショートさせる)はせんしうになるまで知りませんでした。たまたまこうにうした雑誌にでかでかと囲み記事で書いてあったので記憶に止まっていたのです。
 別の用事で日曜・月曜と連続して魔の街に足を踏み入れ、なにも(コンピュータ関係のものを)買わないで帰るのには忍びない、せめてねじ1本でいいから買いたいと思って徘徊してみたかいがありました。
 ついでに、Morgan le Fay の筐体にゴムの足と、特に目的はなかったのですが M/B を固定するのに使う金色のねじを6本買いました。M/B 固定用のねじは結構高価なので、もっと安くてないかとねじ専門店に行ってみたのですがやっぱり NG でした。1ミリ違いでいくらでもあるのに、問題のサイズだけないのは何かの陰謀か?(苦笑)

 フレッツはいたって調子がよく、なんか IMASY より早いような気がします。IMASY も早いことでは定評のあるプロバイダーでしたが、ううむ、上には上があるものだ、と感心。

2001. 5.27 (Mon.)
フレッツ ISDN

 日曜日の午後、やっとのことでフレッツ ISDN に移行しました。
 じつは、金曜日の午後から NTT さんの準備はできていたのですが、金・土と帰りが遅くて、それぞれ翌朝も早かったのでそのまま寝てしまって、セット・アップができなかったのです。
 日曜日の午後もかなり疲労していて実は早く昼寝したかったのですが、これを待ちわびている家族もいることだし、すでに課金も始まっているしということで、ともかく接続だけすませておこうということで、ありがちにセキュリティは目をつぶってしまいました。さあっ、ハッキングするなら今だよ(爆笑の嵐)。
 電話番号、ユーザID、パス・ワード、DNSを設定して接続すると、ルータのステイタスでは「接続」と表示され、一見問題ないのですが、ブラウザからネットサーフしようとすると "Not Authorized" みたいなエラーを返します。少々悩みましたが別のブラウザからだと正常にはいれることを確認。ううむ、なんだろうと考えているうちに、はたと膝を打ちました。
 Proxy サーバの設定ですね。これは各ブラウザごとに設定しているものですから、今回フレッツに移行することでプロバイダーを変更したために、もとのプロバイダーの Proxy サーバを使いに行こうとして断られていたというわけでした。今度のプロバイダーではもともと Proxe サーバをサポートしていないので、Proxy なしの設定にしたら無事つながりました。

 メールの受信サーバはそのままにして、送信サーバをプロバイダーのサーバに変更します。なんかむなしいのよね。ずっと使っていたプロバイダは、IMASY なんですが、じつは、今回使いはじめた @nifty に来たメールは全部 IMASY に転送しているの。で、今回接続プロバイダーを @nifty に換えたけど、POP3 はあいかわらず IMASY。ううむ、なんかよくわからんなあ。でも、ちゃんと機能しているから問題なしとしています。

 ともかく今夜から、ルータの設定を見直して、セキュリティをきっちりしてポート・スキャンなどに対抗できるようにしないとね。わたしはフレッツになったからといって接続時間が大幅に増えるわけではない(昼間は仕事に出ているから)が、なにせ家族が…
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2001. 5.26 (Sat.)
Morgan le Fay っていう「名前」は

 Morgan っていうのは、次世代 Duron の開発コード名だそうで。でも、はいってるのは Athlon(苦笑)。

 そういえば、昔乗っていた2台目の自動車に、わざわざ各下のグレードのエンブレム張りつけていたことを思い出しました。
 某大衆車のスポーツ仕様だったのですが、1グレード下のエンブレムを取り寄せて、張り替えていたのです。しかし、タイヤ・サイズが違い、前輪フェンダのカットもちがっていたので、見る人が見ればひと目でわかってしまうという((爆笑))。初めてはいったステーションでも、給油している店員が、「これ、13インチはいて、こんなフェンダ・カットでほんとにGLなのかなあ」と独り言を言っていたのが印象的でした。もちろん教えてあげませんでしたけど。

 ところで今日、ネットをふらふらしていたら、窓版の Rogue を見つけてしまいました。ううむ、これは嵌まるなあ…
 何を隠そう、コンピュータ・ゲームでわたしがはまった最初のものが Rogue だったのです。その後、Main Sweeper、Solitia と変化しましたが、Rogue にはかないませんがな。あれ、何度か上がった記憶はあるんだが、もう20年位昔の事だでさだかでないなあ。それにしても嬉しい…
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2001. 5.23 (Wed.)
Morgan le Fay 始動

 てなわけで、月曜日の夜、魔の街に回って筐体ファンを見て回りました。見て回る、っていっても時間が限られていたのででかいパーツ屋1軒のコーナーでしたけど。紆余曲折の末、フロントの5.25 インチ・ベイに入れるデュアル・ファンなるものを 1.6K でにうしゅしました。これ、口径が 5 センチあるかないかですから、なんぼ2連装といっても吹き出す風量はたかが知れているとは思うのですが、まあ甘草一服ということで。

 Morgan le Fay はそういうわけで、正面からみると目玉が2個ついた面相になりましたが、机の足元においてあることもあり正面からまじまじと眺めることなどないだろうということで放置。一方、例の妖しい NT 式窓のインストールは上々の結果で、Iris から換装したタブレットも問題なく認識し、れたっちそうと専用機としてネットワークに参加させました。あ、まだプリンタの設定をしてないな。
 インストールしている間、Iris の方では、中嶋みゆきの寒水魚その他のシングルを何枚かキャプチュアさせたりして着々とコレクションを増やしています。インストール後はキャプチュアを止めて、Iris の 15GB にため込みにため込んでいたグラフィクス・データを全部 Morgan le Fay の 36 GB に複写して、不要なものはその後削除することにしましたが、何ギガバイトあるのか複写しても複写しても終わりません。最後に飽きて放り出し、食事して寝てしまいました。もちろん就寝時には終了していましたけど(苦笑)。
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2001. 5.21 (Mon.)
Morgan le Fay 問題解決・そうと試用報告

Morgan le Fay 問題解決

 この問題を潰すのに、土曜の夜から日曜の夕方まで全部かかりました。

 まず、95式窓を諦めて、98式窓をインストールしてみたのです。インストール自体は正常に終了しますが、最後の再起動後にエラーを起こし、さらに再起動すると Safe Mode 立ち上げを要求してきて、キー・ボードの識別のために1回、「半角/全角」キーを押させて、直後に再起動というパタンをくり返しました。

 そこで、98式窓も諦めてついについに、NT 4.0式窓を試してみることにしました。これはつい先日魔の街のいささか妖しいそうとやでにうしゅしたものです。これならどうだ、ということでためしてみましたが、やはりインストールは正常終了するものの、再起動するとぱぁーっと真っ青な画面にびっしりと白い文字でエラー・メッセージを表示したり、ロゴ表示までは行くがそこでループしたりと、あくまで正常起動を拒否します。エラー・メッセージも大体3種類くらいあってどれを表示するかはその時しだい、みたいな。

 なにしろ、1回インストールして失敗するごとに 2GB の領域をディスケットから起動して初期化しているし、同じ OS を最低2回はインストールして試すしで、時間はあっという間に過ぎて午後も4時を回ってしまいました。
 家族にいわれていた諸々の作業を放り出して専念していたのですがこれも棚上げにしておくわけにもいかず、買い物につきあわされたのが解決に繋がりました。その帰りに書店に寄ったのです。そこで立ち読みした雑誌にそのものズバリ「メモリを増量したら起動が不安定になった」(爆笑の嵐)。

 ああ、それまで 256MB + 128MB の運用だったのを、さらに 64MB + 32MB にしていたよね、と思い付きました。
 実は、買い物に出かける前に、何か予感がして、増量した2本のメモリをはずしてはいたのです。しかし、その先の作業に進む代わりに買い物にでてきていたのでした。
 記事を載せてくれていた雑誌は「お礼」ということもありこうにうしました((木玄火暴))。

 帰宅して、さらに付帯した家事を全部済ますと、あたふたと作業場に戻り、さらにメモリを1本抜いて 128 MB 構成で再起動しました。ディスケットから再起動し、HDD を初期化して95式窓をインストールしてみました。最後の再起動で、例の「Windows 保護違反です。システムを再起動してください。」というメッセージを表示し、再起動して Safe Mode にはいったあとも、同じメッセージを表示しましたが、さらにもう1回、再起動を試したところ、無事 Safe Mode で起動しました\(^^)/
 さっそく準備していた AMD の Patch プログラムを当て、VIA の 4 into 1 Patch を当て、再起動して音源ドライバをインストールしました。電源切断し、NIC を挿入して再起動し、ドライバをインストール。自動的にネットワーク構成の画面に移動しますので、各種パラメータを整備して、Morgan le Fay は当家のネットワークに参加を果たしました。それからメモリを 256 MB 増量、これもパス。
 最後に ATI のグラフィクス・ドライバをインストールし、画面モードを 1280 * 1024 の 24bit カラーに設定、デザインを好みのものにアレンジして作業を終了しました。

 それにしても、Athlon 対応電源の発熱量というのはものすごいものです。組み立て途上ということなので、Morgan le Fay は、筐体の片側を開けっぱなしにしているのですが、それでも筐体の天井に触ると、ノートPC の底くらい熱くなっています。扇風機で風を当ててみたところかなり改善したので、この筐体にも筐体ファンを増設できないかどうか検討してみるつもりです。本体下部にはもともと筐体用ファンを入れられるような枠組みはありますが、筐体そのものには穴がない(ほんの申し訳程度に何個か豆粒みたいな穴はあったりして)ので、むしろ使っていない本体上部の5インチ・ベイに入れる HDD 用冷却ファンのほうが、電源にも近いしいいようにも思えます。ま、近々の(つまりは今夜の)課題ですね。

 Morgan le Fay には例の妖しい NT 4.0 式窓をインストールして、タブレットを接続し、れたっちそうと専用で運用するつもりです。

ミュージック CD デザイナ 3

 このプログラムは、先日こうにうだけして、まだ封も切っていなかったものです。サウンド・ボードを使って音源をサンプリングし、CD-R に焼き、ついでに CD-R に貼るラベルのデザインもできるというふれ込みで、YAMAHA の互換サウンド・ボードを入れてあるIris にインストールしました。
 もちろん、Morgan le Fay のセット・アップをしながら、待ち時間が閑なのでやってみたわけです(苦笑)。
 結果はとりあえず満足なもので、LPレコードからのキャプチュアに成功しました。
 以前試してみたことのあるふりーそうとでは、入力レベルの低さを解消できなかったのですが、接続用ケーブルを交換したのが効いたのか、このそうとににうりょくレベル調整機能があるためかはさだかでないものの、ともかく満足の行くキャプチュア結果が得られました。
 これで、何枚かの気に入った LP (中嶋みゆき、ELP、YES その他もろもろ)を CD に焼いて、LP の寿命を気にせずに聞くことができます。スピーカの再生もなったことだし、これでオーディオ人生がちょっと改善されそう、とこちらも嬉しいニュースでした。
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2001. 5.19 (Sat.)
機体交換

 いよいよ Grace と Morgan le Fay の機体を交換する準備にはいりました。下でも書いたように Grace はもうベイの空きがない状態で、発熱も相当なものになっていると考えられ、一方 Morgan le Fay には、HDD 1 台、CD-ROM とディスケット・ドライブ以外は、NIC とディスプレイ・ボードしか入れる予定がないので、そんな構成で筐体ファン2台ついているというのはいかにももったいない話しなので。ま、正直言ってこんな高価な筐体を買ったこと自体何か間違っている気もしますが、それはよしとしましょう。

 ついでに、Morgan le Fay をこうにうした時に、いっしょにこうにうした 50 倍速の CD-ROM と、Iris の 6 倍速の CD-ROM を交換しました。この CD-ROM は、Frederika の最後の遺品です。たしか、ディスケット・ドライブと CD-ROM だけが生き残っているのではないでしょうか。Frederika には、あとからかのぷすの 4MB グラフィクス・ボードを追加しましたが、あれは今、わが家のどこかにあることだけは確実ですが、ではどこかと問われると返事ができないという体たらくになっています(苦笑)。

 ともかく、Morgan le Fay からは、ディスケット・ドライブと M/B 以外の全部の付属品をはがしました。考えてみたら、BIOS の更新が中途半端なままのが気になりますが、その時は M/B も交換すればいいことなので、まずその試験からすることを忘れないようにするつもりです。
 めずらしくこの書き込みは作業と同時進行で記述しているのでこの顛末はこのまま読み進めていただければわかると思います。

 てなわけで、夕方になってから M/B とディスケットだけを残した ex. Morgan le Fay の筐体を Grace のある部屋に持ち込み、Grace からペリフェラルを全部剥ぎ取って筐体を交換しました。Grace はぐっと中が広くなって、これで熱暴走の問題も解決することでしょう。
 自分の部屋に ex. Grace の筐体をもってきて比べて見たところ、この筐体は自作機の中でも一番背の低い、小さい筐体でした。ううむ、無理はさせられんなあと思ったことです。
 で、これに、はずしておいた Morgan le Fay の、CPU、メモリ、6 倍速 CD、40 GB HDD、ATI XPART98 を取りつけました。起動してみたところ、どうも窓がうまく起動してくれないので再インストールすることにして、現在 HDD の領域確保と初期化中です。2GB と 36GB にわけて、最初の 2GB に窓を入れ、残りはデータ域とします。
 ところで今回の Morgan le Fay は、メモリが 256 + 128 + 64 + 32 の、480 MB になりました。ex. Grace の 96 MB を取り戻し、全部つけてしまいましたのでこうなりました。ううむ、現在の Grace は PC133 の 256MB です。こちらは PC100 の 480 MB です。なにか複雑な心境ではあります。

 しっかし、36 GB の初期化っていうのは時間がかかりますねえ((木玄火暴))

 さて、D: の初期化も終わったということで95式窓をインストールしましたら、例の AMD エラーです。これは経験上 Safe Mode で再起動してパッチを当てればいいはずなのですが、今回はどういうわけか Safe Mode の開始画面になる直前に、

Windows 保護違反です。システムを再起動してください。

という、例のメッセージを表示してしまい、にっちもさっちも行かなくなってしまいました。

 なんども試して、C: の初期化からやり直してみましたが結果は同じ。ううむ、BIOS UPDATE が裏目に出たのか…
 ともかく疲れたので今日はこれで作業終了。続きは明日にします。どうしたもんだろう、最後は98式窓にするしかないのかも(涙)
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2001. 5.17 (Thu.)
近況

 このところ書き込みがとだえていましたが、これは環境になんの進展もないからです。

 しいて書くと、Morgan le Fay の BIOS をアップデートしていた問題ですが、M/B の代理店にメールを出して聞いたりして、なんかできたようなできないような中途半端な状態になっていてそのままほったらかしです。
 まず、日本のサイトからダウンロードしたプログラムがだめなら、USA のサイトからプログラムをダウンロードしてくれという返事が来ました。そこでいわれたとおりにダウンロードして試しましたが結果は同じく NG。
 続いて、強制書き込みのパラメータを教えてもらいました。これで書き込んだ場合は、さらにもう一回書き込みをしてくれといわれたのですが(メールでね)、強制書きこみしたあと、そのパラメータなしでもう一回書き込もうとするとやはり最初のときと同じでフリーズしてしまいます。
 この質問には、一週間経った今日になっても返事が来ないのでもう諦めています。

 日曜日にでも組みなおして、果たして起動するかどうか試してみるつもりです。それまではばらしたままです。

 家族の使用している Grace(改)は、M/B を交換して CPU を Athlon 1.1 GHz にしてから熱暴走するようになりました。まあ、ミドルATX の筐体に、CD-RやらDVD、はては HDD 2台と、もうベイの残りがひとつもないまでにペリフェラルを詰め込んでいるので、発熱も馬鹿にならないのでしょう。
 しかたがないので、Morgan le Fay の馬鹿でかい筐体と交換することにしました。これが日曜日の作業予定です。現在 Morgan le Fay が使用している筐体には、筐体の冷却ファンが2個もついていますし、フル・タワーで背も高いから熱問題は解決することでしょう。一方、Morgan le Fay には HDD 1個、CD 1台、ディスケット1台以外なにも入れる予定がないのでミドル・タワーで十分。Athlon に対応した電源も調達して準備は万端です。めんどうなので、筐体に M/B を取りつけた状態で残りのペリフェラルだけ交換しようかと思っていますが、家族が同意するかどうかはわかりません。いいかげんな性格の持ち主ですし、同じ M/B ですから文句は言わないだろうと思いますけど。
 こちらも筐体が小さくなるのはそれなりに歓迎できるのでいちおう八方丸く治まるだろうってことで。
 ただひとつ気に入らないのは、電源付きで 4.8K だった筐体に 4K の Athlon 用電源をとりつけた筐体と、電源込みで 13K の筐体を交換することくらいです(笑)。値段が3倍違うだけのことはあり、造りが全然違うのね。

 なんでそんな問題を一週間もほったらかしているかというとそれは別のことで忙しいからで、何故忙しいかは内緒です(苦笑)。
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2001. 5. 7 (Mon.)
Morgan le Fay 作成

 金曜日に魔の街にでかけて、問題がないといわれた M/B と CPU を引き取りました。これだけで、お約束の 2K。さらに、同じ店で、筐体・CD-ROM・ディスケットドライブ・HDD をこうにう、新しく1台作成できるようにしました。
 筐体はAthlon 対応のものを指名したところ、ひとつしかないということで、フル・サイズの ATX を提示されました。店員は親切にも「**に行けば、もっと安くてありますよ」と言ってくれたのですが、疲れていたこともあり、出来る限り同じ店の製品で固めたいということもあり、「それでいいです」と、13K の筐体をこうにうしました。
 CD-ROM は、A-Open の 50倍速が一番安くて 5K、ディスケットドライブはミツミの2モードで 2K。HDD は、Seagate の 40GB、11K で決めました。
 どれも、かなりいい品物で、お値段もそれなり。

 全部で 30K 位になりました。

 この機器は、土曜日の午後、M/B から順番に組み上げました。そして、日曜日に95式窓をインストールしてネットワークに参加させ、Morgan le Fay という名前を与えました。これは、不吉な名前をあえてつけて、将来も気を引き締めていこうという意図があります。
 HDD は、まず 2GB を DOS のディスケットから起動して FDISK で領域確保し、そこにシステムをインストールしました。インストール後、窓の DOS 窓から、残りの 38GB をいっきに1領域にしようとしたのですが、これがどういうわけか最大 36GB しか確保できないといいます。また 2GB 余ったってどうしようもないので、もしかしたらと思って BIOS の更新をしてみようと思い立ちました。

 Iris からインターネットに入り、EPOX のサイトから最新版の BIOS をダウンロードしてきましたが、説明書どおりにディスケットを作成して実行しても最初の画面から先に進まないという症状で断念しています。説明書にあるように、HDD や CD-ROM、NIC をはずした状態でやれというのを無視しているのがいかんのかと思いますが、今のところ原因は不明で、領域も確保していません。

 Iris, Harry, Morgan le Fay と3台のコンピュータがのたくり出したので(Dorothy もまだいたりして)、もうキー・ボードはおろか、本体を置く場所にも事欠く状況になってきました。
 机の左側の床に Iris と Morgan le Fay を並べて置き、Harry は机の下に入れました。机の脚がじゃまになったので、ホーム・センターからレンガを2個買ってきて下にしいて机の足をまたぐような格好にして、右側が面、左側が裏になるように置きました。
 この3台のディスプレイ・キーボード・マウスを、この間調達しておいた CPU 切り替え器に接続し、1セットで全部を制御できるようにしました。まあ、切り替え機は4台までサポートしていますので、後1台つなぐことはできるのですがもう本体を置く場所がありません。

 Dorothy は古い PC98 の互換機なのでこの切り替え器は使えません。しかし、ディスプレイの入力が2系統あるし、キー・ボードはノートなので本体に直付け。マウスだけ2個になりますがこれは許容範囲です。

 さて、窓絶不調の Iris ですが、セット・アップをやり直してみたものの、上書きセット・アップでお茶を濁したためか、あいかわらず FAX MODM がうまく動きません。MODEM は認識されましたが、Exchange が起動しないので、FAX の送信ができないのです。
 あいかわらず、電源投入直後に1回フリーズする癖は直らないし。
 結局は C: を初期化して再インストールしかないかも。

 この2台の使い分けですが、Morgan le Fay はタブレットだけ接続してもっぱらお絵かき専用とし、メインの作業は Iris でやっていこうかなと思っています。

 さて、Harry ですが、インストールした HDD は同じというものの、M/B・CPU からグラフィクス・ボードまで全部変わってしまったので、Debian Linux Potato のインストールをやり直すことにしました。しかし、失敗。
 ろくにマニュアルを読まずに、うろ覚えの記憶でがんがん EN キーを押していったのが敗因でしょうか。ともかくもうまくいったようにみえて、BSD X-Window で、各種ペリフェラル(マウス・キーボード・グラフィクス・その他)の設定に失敗したと抗議してきて、延々とループをはじめてしまったのです。
 結局、Ctrl+C で Abort させ、Shutdown しました。ああ、先は長いなあ。
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2001. 5. 2 (Wed.)
Athlon 報告・新しいおもちゃ

Athlon 報告

 午後、販売店から連絡があり、正常作動を確認したとのことです。これで、点検料金 2K が確定。
 ひとつ、気になることがあり、と報告は続きました。
 CPU と M/B の間に焦げた跡があり、なにか挟まっていた可能性がある、とのこと。正体は不明です。これが原因で作動不良をおこしていた*可能性*があるそうです。
 まともかく、部品自体に損傷のなかったのが不幸中の幸いでした。今夜から明日は使用があるので動けませんので、明後日、取りに行ってあわよくば筐体・電源も調達したいと思いますがどうなりますことやら。

新しいおもちゃ

 しょにょ1:CPU 切り替え器です。

 4台の PC を切り替えて使用できます。キー・ボード、マウス、ディスプレイの接続コード付属。これで、Iris 用、Harry 用などといったキー・ボードの使い分けの必要がなくなるという大変ありがたい代物です。お値段は新宿ヨドバシカメラで 22K + VAT。
 これまでは、ディスプレイの入力が2系統あるのをいいことに、第1チャネルにメイン・マシンをつなぎ、第2チャネルにさらにディスプレイ切り替え器を接続して Dorothy とサブ・マシンを切り替えていたのです。
 しかし、現在、メイン・マシンが Iris、Harry に Linux をインストールして、さらに Athlon マシン (Mariebell かな?) が加わると、数が足りなくなってしまう。この危機をどう乗り切るかが問題だったのですが、これですっきりと解決できました。

 しょにょ2:音楽へんしうそうとです。

 Megasoft から、「ミュージック CD デザイナ 3」が初回限定版 5.8K のところ、ヨドバシカメラで 4.5K ででていたのでゲットしました。ううむ、本来なら 9.8K なのか…
 どうも、わたしがそうとを金を出して買う限界が 5K のようです。年末に買った「筆まめ ver. 11」も 5K しなかったはず(さだかでないが…)。
 そのそうとで、LP レコードの資産を CD-R に複写するつもりです。年末に「白兎」というフリーそうとを試用してみたことがあり、確かにキャプチャして wav ファイルが作成できるのですが録音レベルがどうしても上がらなくてあきらめたという暗い過去があります。
 市販品はどこまで行くか、楽しみではあります。
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2001. 5. 1 (Tue.)
内蔵MODEM・Athlon 故障調査依頼・Harry 再組み立て

Iris が 内蔵MODEM を認識してくれない

 月曜日はこれだけで潰したようなものです。

 COM1 にタブレットを接続していて、COM2 は BIOS で Disable にしておいたのです。その COM2 に内蔵MODEM を接続した。これが認識されない。
 1回目だけは、半分うまくいったのです。まず、電源切断状態で ISA の、US-Robotics Sportstar 28,800 FAX MODEM というレトロな、それでも信頼性は十分な MODEM を装着、電源投入後 BIOS で、 Disable にしていた Serial Port2 を、AUTO に変更しました。すると、「新しい装置をセットしています」みたいなメッセージとともに、な・な・な・な〜んと、COM4 ができてしまった。
 我ながら何を思ったか、そのまま設定から MODEM の検出に進むと、さらに COM2 を発見して、MODEM と交信し、「標準の MODEM」とするから、マニュアルで機種を指定しました。

 この段階で「システム」を調べてみると、シリアル・ポートは、COM1、COM2、COM4 があり、COM2 と COM4 が IRQ3 でバッティングしています。ワード・バッドから Microsoft FAX に出力しても発信しません。

 そこで、いったん COM4 を削除した。今から思うと、これがまずかったのかもしれません。単に「この環境で使用不可にする」にチェックを入れればよかったのかもしれない。でももう遅い。

 それからは、「システム」と BIOS を右往左往し、シリアル・ポートは COM2 と COM3 になったり、あわててタブレットをひきぬいて再構成して COM1 と COM2 になったりしましたが、結局 MODEM を認識することはできませんでした。

 そうこうするうちに、ワード・パッドが、「リッチ・テキスト用のプログラム(ほにゃらら)がありせん」みたいなメッセージを表示して起動を拒否しはじめてしまいました。

 今、このしうまつは Iris に 95式窓の再インストールしかない、と思っているところです。

Athlon 故障調査依頼

 日曜日、販売店に M/B と CPU を持ち込んで、故障の有無を検査してもらうことになりました。

 販売店の店員さん、胡散臭げに CPU を眺め、「シリコン・グリスはこの部分(CPU の中央部の四角いところ)だけに塗れば充分ですからね」と念押ししてくれました。わたし、知らなかったんです。逆に、その周囲をびっちりと塗り固めていたのでした。これが原因で動かない場合もあるし、電源が不良で動かない場合もあるとのこと。ともかく置いてきました。

 CPU が故障の場合、Bulk の保証期間は2週間なので買いなおししか手はなし。M/B の故障の場合、代理店に送り返して修理。異状のない場合は点検料として 2K 申し受けるとのことで合意しました。さてどうなることやら。

 今回のことで懲りたので、この次 Athlon で組むときは新しい筐体と電源を調達することにしました。

Harry 再組み立て

 というわけで、M/B のなくなった Harry には、土曜日の夜に古い EPOX の M/B を再度組み込みました。CPU は K6-2 350MHz で、メモリは SIMM 16MB * 2。これに Linux をインストールしようというわけ。で、グラフィクス・ボードに ATI の 16MB はもったいない、と、故障判定を依頼した店でもう1枚ボードをこうにうしたのです。「一番安いので十分だから」というリクエストにお応えして出てきたのは Savage4 の 16MB で、5K。ううむ、デフレの勢い、恐るべし、です。

 あんまりなので、Kalen のディスプレイ・ボードと交換しようかと思い付きました。それで、いったん装着したボードをはずし、いそいそと Kalen のところにいって裏をのぞいたら、Kalen のディスプレイはオン・ボードだった(苦笑)。
 すごすごと持ってもどりましたよ。

 まだ、そうとはインストールしていませんが、しうまつに Iris といっしょにインストールしようと思っています。例の、分厚くて、重くて、使い物にならない Linux 本に添付された Debian で。
 なんか、最近、Debian に固執している理由が分からなくなってきました。最初に選んだときにはそれなりの理由があったと思うのですが…

 なんてこと書いていたらはたと、「Canopus の 4MB ディスプレイ・ボードがどこかに行ってしまった」ことに気付きました。わたしはそれが Kalen にはいっていると思いこんでいたのですが…Grace は家族が自腹切って GeForce2 になっています。Harry はおいといて、Iris には ATI の 16MB が、Leah には Rage Fury がはいっています。ううむ、すると、Frederika につけていたカノープスの 4MB はどこにいってしまったのだろう。どれかの箱にはいって腐海に沈んでいるのか(可能性極めて大)…だとするとこの Savage4 はもったいないことをしたかも…
 ううむ、果たして捜し出していいものかどうか、悩ましいなあ(笑)。

 実は、Kalen のユーザがビデオ・カメラをこうにうして、PC でへんしうなどしたいと言い出しており、Kalen では完全に性能が追いついていないので、M/B と CPU、それに IEEE1394 の i/o が必要になっているのです。どうせならディスプレイ・ボードもオン・ボードの 4MB よりいいものに換えてやったほうがいいだろうし。
 まあ、もしも M/B が追従するなら、K6-2 550MHz でぎりぎりいけるかな、という気もしますのでそのへんは予算とのかね合いで決めたいと思っています。なにせ 2D の画像ですから、K6-3 は必要ないと思いますし、ビデオ・カメラの画素数は決まっていますし。
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