コンピュータ環境 (2001/4)

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時系列・環境の変遷


 

2001. 4.27 (Fri.)
Iris の挙動不審

 挙動が安定しているなどと書いた Iris ですが、このところ立ち上げ時に「レジストリのエラーです。すぐに再起動して古いレジストリからデータを復旧してください」とか、運転中にノートン先生から「エラーを検出しました」などというメッセージが毎日のように表示されるようになってきました。
 ひどいよね、Iris 作りなおしてからまだほんの2週間かそこらだっていうのに。

 とりあえずそういうときはシステムの要求どおり再起動したり、ノートン先生にご出馬願って修繕して、その後いっぺん「セーフ・モード」で立ち上げるようにしています。
 昨夜など、作業中にいきなりノートン先生が割り込んできて、「ハードディスク D: にエラーを発見しました」とくるから、すぐに癒せや、とディスク・ドクターを立ち上げました。なにしろ 30GB のディスク・スキャンですから容易に終わるはずもなし、風呂入って食事して、寝る間際にもどってみたら結果レポート「異状ありませんでした」。をいをい((汗))

 何かのたしになるかと、MemTurbo をインストールしてみましたがこれの効果のほど、どう出るかは後日報告します。

2001. 4.26 (Thu.)
フレッツ・M/BとCPU

フレッツ

 みかかから電話があって、申し込んであったフレッツISDNの工事は5/25(金)になったとのことです。ああこれからまだ一ヵ月待つのかよ。なにしろアイ・プランが全然追いつかなくて月間の電話代が 10K 越えている現在、一刻も早くフレッツに移行して電話代を一円でも安くするのは焦眉の急なんですが。まあしかたないといえばそれまでだけど、それにしてもみかかの独占てのはこんなところにも弊害をもたらしてるなあ、と。ま、それでもお値段は ADSL とかの普及のおかげで下がってはいますけどね。
 IMASY はまだフレッツに対応していないので、しかたない、@nifty の方をオープンコースから無制限に変更しました。プロパイダ様複数契約なんかして余裕かましてる場合じゃないんですが、トータル・コストからしたらこれしかないわけで。一方ホーム・ページの容量はすでに 10MB を越えているため、@nifty では収容しきれないというこのジレンマ。いやあ辛いっす、って読み直してみたらなんか喜んでるようにしか読めん。
 ううむ、おのれの文章力の無さにあらためてはらはらと落涙です。

M/B と CPU

 某掲示板にカキコして、そこでいただいたアドバイスに従って、もう壊れた機器の特定は止めにして同じ店で買ったことを幸い、丸ごと持ち込んで調べてもらうことにしました。電話して聞いてみたら、そのようなものをだいぶ預かっているのでやはり預りになるとのことです。まあいいや、諦めもつくし。

 その間に、古い EPOX で、あらためて Linux も組めるというもの。連休中はいよいよ、いよいよ Linux で遊べるかもしれないですね。あ、夏合わせが…(くわしくは同人のほうを御参照ください、ってあっちはなにも書いてないって!)
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2001. 4.23 (Mon.)
Harry の究極エラー・BIOS Update

究極

 シリコン・グリスも買ったことだし、と、久しぶりに Harry の電源を入れてみました。
 しかし、画面表示はなくメモリ・カウントもしません。EPOX のこの M/B には、2桁の状態表示窓があり、電源投入と同時に "FF" を表示するのは、M/B または CPU の故障と考えられるとマニュアルに記述してありました。

 本来なら家族の持っている Grace か Leah から CPU を引き抜いてテストするところなのですが、すっかり意気消沈してしまいなにもせずに寝てしまいました。

 ううむ、Harry には古い K6-2 350 MHz の編成でさっさと Linux マシンを作ったほうがいいのかも知れない、と思っている今日この頃です。

BIOS

 は・じ・め・て、BIOS のアップデートなるものをやってみました。
 会社のマシンで((爆笑))

 20台ばかりのNT PC を入れ替え、古いマシンを1台、サーバにすることにしました。HDD の容量が足りないので、40 GB HDD をこうにうしました。これが認識できない。BIOSが古いというわけで、Compaq のサイトから BIOS をダウンロードし、ディスケットを作りました。
 アップデート中に電源切断したり再起動したりしたらアウト、というわけで、かなり緊張してディスケットから起動し、指示に従ってキー操作しましたがなんということもなく一番危ない電源切断・再起動はだめよの間はわずか数秒程度で、無事終了しました。
 こうなるとおもしろくなって、手近にあったもう1台も用もないのに、あわわ、あわわ。
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2001. 4.20 (Fri.)
シリコン・グリス

 なるものを調達してきました。しうまつにこれを使ってから Harry に窓を再インストールしてみようと思っています。
 また、店には「チップセットの放熱板」なるものも各サイズ取りそろえてありました。大きさを測っておいて、この次に店に行ったら調達してみようかと思っています。

 昔、友人から「最近、コンピュータの周辺機器というかアクセサリを集中的に漁っているをたくが増えてるらしいんだよね」とかいう発言を聞いて、「ばぁか」とか思っていましたが、気がついてみると自分自身なんのことはない自作機をたくになっているではありませんか。哀号
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2001. 4.17 (Tue.)
熱暴走の置き土産

 いつものように「ペット同伴旅行」のデータ・ベースをメンテナンスしようとしたら、プログラムを入れていた方の mdb が 0 byte。タイム・スタンプを見ると見事に Harry が暴走したときに一致しています。ううむ、きっとその時開いていたんだ。それにしても 10 日間、気づかなかったとはうかつだったぜ。

 ファイルは月末のバック・アップから復元できると思うのであまり気にしてませんが、それにしても恐ろしいことです。
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2001. 4.16 (Mon.)
やっぱり熱暴走

 というのが、Harryの暴走の原因というのがもっぱらの意見のようです。しかし、筐体はずして内蔵むき出しの状態で熱暴走とは恐ろしい時代になったもんだと嘆息。そういえば、Frederika も、夏になると筐体はずして扇風機当ててないと暴走したなあ、とふと思い出したりして。あれは、ぢつはメモリとの相性が最悪だったためだったことが後日判明したりして。

 いただいたメールの中には、わたしが告白した「筐体の価格 4.98K」は、違反だ(何に違反なんだよう)、という意見までありました。ううっ、つらい。Kalen の筐体なんて、2.98K だっちゅうに。

 とりあえず、「シリコン・オイル」を調達して CPU と ファンの間にさすこと。これでだめなら、いい電源と交換すること、冷却のいい筐体と交換することなどを勧告されました。そんな金ないって(苦笑)。

 ぜんぶもとにもどした Iris はいたって快調なのがただ一つの救いです。
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2001. 4.12 (Thu.)
マイクロ・ドライブ i/o

 というわけで(どういう?)、マイクロ・ドライブに対応した i/o をこうにうしました。メインのリムーバブル媒体は、340 MB のマイクロ・ドライブに引き継ぎ、Zip はもっぱらその他の場所のドライブとのデータ交換専用になります。スマート・メディアもデジタル・カメラ専用にするようです。
 職場の PC のローカル・ドライブからも私用のデータを完全に駆逐できて嬉しい限りです。職場のドライブはパラレル経由なので、自宅の SCSI に比べるとちょっち遅い感じがしますがまあしかたないでしょう。

 環境がやっと一段落したので、暴走した Harry の調査と対策に本腰を入れたいと思います…それにしても誰に聞いたらいいんだろう、とえらい他力本願((汗))

フレッツISDN

 を申し込みました。春休みに家族がインターネット使いまくってくれちゃって、電話代が続け様に 10K を突破、こりゃあだめだ、ということで。
 現在のプロバイダはまだフレッツに対応していないので、@nifty経由で申し込みました。1ヵ月かかるんだよな、これが。
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2001. 4.10 (Tue.)
Harry大暴走

 日曜日の昼ごろ、Harry のエクスプローラーの表示が「あれっ」と一瞬思いました。スマート・メディアを入れてあるドライブの文字が全部トーフになっていたのです。ここで気がついて電源切断していたらどうなっていたかわかりませんが、そのままなんかはじめてしまった。そうしたら次の瞬間画面がぱぁーっと真っ青になって、例の窓のエラーを引き起こしてもうにどと起動しなくなってしまいました。

 一瞬のことでなにがなにやら状態で、ひどい風邪を引いていて本当は午後も布団にはいっていたかったのですが、しばらくいぢってもまったく埒があかないので、しかたない、再インストールということにしました。

 詳細は省きますが、再インストールしようにも、再インストールすらまともにできないとわかりました。CD を読んでいる最中にエラーを引き起こしたりするのです。何度か C: の初期化〜窓のインストール失敗をくり返しているうちに、「もしかして熱暴走…」と思い付きました。15cm の小さな扇風機を出してきて、筐体をつけていない Harry の CPU にあててやると少し動きが落ち着いて、やっと 95式窓のインストールは成功しました。それから、いったん全部はずしていた、LAN、SCSI、MODEM、タブレットを順番に付けては再起動をくり返し、ハードの構成はなんとか回復しました。

 しかし、今度はソフトのインストールができません。やはりインストールの最中やレジストリの更新中にエラーを引き起こします。
 何度かやり直してねすけはインストールできました。いったんインストールできると、そのアプリを動かすぶんには問題はあまりなさそうです。しかし、MS-Office のインストールができないという状況に、ついに Harry の運用をあきらめることに決めたのがもう夜でした。

 月曜日は医者と布団を右往左往しているうちに暮れ、火曜日もその余波で仕事を休んで午前中遅くまで横になっていました。
 昼ごろやっと起き出して、Harry から HDD、SCSI接続の CD-R と カード R/W をはがし、Iris の HDD をはずして換装、こちらに 95式窓を何度目か分からない再インストールしました。まったく問題なくすんなりと再インストールが終了し、ソフトのインストールも問題なくおわりました。タブレット以外の全部のペリフェラルを Iris に換装して現在運用中です。

 Harry の暴走の原因をつきとめないかぎり、窓の再インストールはできないので大変困ってしまいました。だれに聞いたらいいんだか…
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2001. 4. 6 (Fri.)
マイクロ・ドライブ

 というわけで、IBM の 340MB マイクロ・ドライブをこうにうしてみました。しかしこれがまたしても大暴れ。95式窓、98式窓では使ってね、というドライバが添付されているのですが、いつ、どのタイミングでインストールしたらいいのかわからない((木玄火暴))。
 なにしろ P&P のノートで使用することを前提にしている PCMCIA Type II ですから、説明書を読むと、窓を運転中にメディアをさせばドライバを要求してくるからディスケットからインストールせい、というわけですが、あいにくとデスクトップのスロットにメディアを入れても別に何のメッセージも表示してくれません。
 システムから新しいハードウェアの検出を試みても何も出てこないし(考えてみたら、検出できるのはスロットのところまでだもんね)、ここで自動検出をあきらめ、ペリフェラルを指定して?のところで強引にドライバをインストールしてみました。インストールはしたみたいですが、「ドライブの準備ができていません」と、はいっているメディアを認識しません。
 「おお、初期化ぢゃ」と、エクスプローラからフォーマットを選択。「消しますよ、いいんですね」なんてメッセージに「やれい」と指示を出すと、な・な・なんとメディアの容量のところが 2GB になっている。「をいをい、340 MB のはずだろう、だいじょうぶかよ」なんて考えながら見ていたら、「メディアがはいってません」とかいいだすし(苦笑)。
 ドライバを入れなおし、初期化に再挑戦。てなことを何度かくりかえすうち、メディアの容量が 340MB になりました。「お、いいぢゃん」とかいって見ていたら見事成功しました\(^^)/。

 窓の初期化は Verify をしていませんので、かならず Scandisk しなさいというメッセージを表示します。こんなんうざい、とキャンセルしたのが祟ったのかもしれません。
 Zip ドライブのデータをまるごと複写している最中にいきなり凍ってしまいました。Alt+Ctrl+DEL も効きません。前回 CD-R 焼いている最中に出たのと同じ画面。
 そのまま電源を切断して再投入、どういうわけか Scandisk なしで起動しました。この段階ではまだマイクロ・ドライブはみえていました。「よぉしノートン先生、後は任せた」と Disk Doctor 起動。なんか、エラーがありますよん、とかいって自動的になおすチェック入れてあったので勝手にいぢっていましたがこれが凶。
 Disk Doctor 終了後、「このメディアは壊れています。初期化できません」というメッセージに変わりました。容量の表示も 2GB にもどりました。完全にギブ・アップです。

 っていうわりには書き方が明るいのには理由があるのよね、うふふ。

 この話には続きがあってぇ(笑)、今日、そのままのディスクをもって職場に出てきたわけです。で、2000式窓のノートを起動してスロットに突っ込んでみた。
 見えるのよね、昨夜複写していたデータが((爆笑))。途中まで。で、さっさと初期化しました。

 さらに、このメディアをいつも使用しているデスクトップのカード・リーダ(パラレル経由)に入れた。OS は NT式窓。同様に問題なし。
 とりあえず、小さなファイルを一個複写しておきました。

 これで自宅に持ち帰って読めるか、書けるか楽しみです。ノートン先生がマイクロ・ドライブに対応していなかった可能性は大ですし。で、今、ibm.com から、95式窓用のドライバの最新版をダウンロードしているのですが、例によって 98% 終了したままで凍っています(笑)。
 この顛末は次回の書き込みをお楽しみに。

 などとへらへらしているわけにはいかなくなりました。スロットのメイカーに直電して聞いてみたところ、「使えません」とのことです。マイクロ・ディスクが、スロットより後に発売された関係だそうで。ううむ、スロットの買いなおしかい?がっくり
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2001. 4. 3 (Tue.)
Harry に 95式窓インストール

 これはどういうことかといいますと、件のマニュアルの執筆者は IRQ の参照などに窓は便利だからデュアル・ブートできるようにしておけという意図のもと、HDD の第1区画を窓に割り振るよう指示しているためです。どうやって デュアル・ブートできるようにするのかも興味があるので言われたとおりにしたのでした。

 で、ご本尊の Debian はというと、あいかわらず挫折したままで、きっとしうまつまで進展はないだろうと思います。少なくとも今夜はだめね。御用があるから。

 Iris は、Samsung のスマート・メディアを入れているせいか暴れまくってくれました。運転中に突然レジストリ・エラーを引き起こし、「すぐに再起動しないとだめ。データによっては保存されてないかも」とかいうのです。言われるままに再起動したところ、例によって DOS の Scandisk を起動しました。いつもなら最後まで待つのですがその時に限って「ええい、めんどうだ」と途中で打ち切ってしまいました。これがよくなかったのか、起動はしたもののユーザidとパス・ワードを入れるダイアログ・ボックスは出ないわ、ツール・バーは出ないわで、Alt+Ctrl+DELでシャットダウン。再起動すると Safe Mode に行けとのメニューを表示します。もうあきらめて言われたとおりに Safe Mode にすると、またしても「レジストリのエラーですよ、すぐに再起動してね」というメッセージの上に「使えない」みたいな横線までつけて表示してくれました。それでも強引に「OK」押して再起動して、一見まともに起動しましたがフォントがなんとなく変。
 こういうときは Safe Mode だね、と又しても再起動すると、Scandisk。今度は最後まで待って起動して、さらに再起動して Safe Mode で立ち上げ、いったん終了して電源切断。順番はよく覚えていませんがそんなこんなで45分位かかってやっと一見まともにもどりました。

 それでもまだ信用できないなあと思いながら月末のバック・アップだ、と B's Recorder で、毎月のバック・アップを仕掛けて食事を終えてもどって来てみれば、皿は出ていない(正常終了すると、自動的に排出している)、画面は完全に暴走して凍りついているでもう大変(後から見たらデータは書き込まれていたので、Verify か Compare で狂ったらしい)。Alt+Ctrl+DEL も効かず、いきなり電源切断して再起動、またまた Safe Mode から起動しなおすわ、Scandisk は走るわで、何十分かかかってやっとまとも「風」に起動しました。で、CD-R 1枚焼いてみましたが今度はエラーも出さずに正常終了したのでまあよしとして寝ました。

 いや大変だった。もしこれが Samsung のスマート・メディアを入れたためだとしたら、持ち歩き用の記憶媒体、何にしたらいいんだろう…
 会社で、Zip を買う計画があるのですがわたしが使用している筐体は Baby AT なので、ATAPI の追加はできません。SCSI 刺して外付けにという陰謀が成功すればこれはもう万々歳ですが、そうは問屋が卸さないだろうし。
 困ったもんです。
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2001. 4. 2 (Mon.)
Linux、スマート・メディア

Linux のインストールに挫折する

 土曜日の夕方、Debian の素の CD から、解説書を片手に Iris に Linux をインストールしようと試みました。

 気が狂うかと思った。Storm の時とは雲泥の差。Linux の世界の深さを思い知らされました。
 結局、ペリフェラルの定義の画面にたどり着いたところでギブ・アップ。そこに至るまでに3〜4回、再試行しました。

 おまけに使った解説書のわかりにくいこと!
 正直言って、悪口は余り書きたくないのですが、この解説書は最悪だ。でかくて、重くて、高くて、いいことなにもない(分かる人にはこれでわかっちゃうかも…)。ともかく買ってしまったものだから、この次トライするときも使うんでしょうが、気が重い…

 本当は日曜日にリトライのつもりだったのですが、寝てしまってできませんでした。ちなみに、日曜日は昼寝を7時間したんだよ(笑)。鬱病患者が過負荷を感じたら、もう寝るしかないということを改めて実感し、まだ全然癒っていないんだなあとも実感しました。

スマート・メディア

 持ち歩いている例の妖しい PCMCIA Type2 メモリ (10 MB) の残り容量がいよいよ 100KB を切りましたので、いろいろと悩んだ末に 32MB のスマート・メディアをにうしゅしてみました。
 これは、昨年さんざんトラブって実はかなり逡巡したのですが背に腹はかえられないということでとにかくやってみることにしました。

 事前に少し調べてみたところ、PCMCIA Type2 でのメモリ媒体というのは割と数が限られていて、1GB と 2GB の HDD のほかは、デジタル・カメラで使用しているスマート・メディア、フラッシュ・メモリ、それにメモリ・スティックくらいしかありませんでした。HDD にはかなり魅力を感じるのですが何せ値段が…というわけで一番安直にスマート・メディアに落ち着いたということで。
 会社の NT につけてある R/W も、デバイス・ドライバをアップデートしたので、もしかしたらトラブルに陥らないかも知れない、とか思ったりして。
 で、新宿の*ドバシ・カメラで、わざわざ富士フィルム社製の値段の高いメディアを指名買いしました。一番安いのが 4.2K で、富士フィルム社製のは 4.9K。
 順番を待っていると、列のすぐ前のおっさんはデジカメを新規こうにうするとみえ、でかいデジカメに PC との接続用のアダプタ(あの、シリアル経由の、遅くて、電気喰う、あれ)と 128 MB のスマート・メディアを積み上げていました。いいなあ、128 MB もあったら、ずいぶんたくさん撮れるだろうなあとか思ってみていました。

 帰宅して Harry に刺して電源投入したら、Samsung Smart Media とか表示しやがった((木玄火暴))。なぁにが富士フィルムだ、金返せ((爆笑))。

 …それにしても、PCMCIA Type2 の HDD は魅力あるなあ、はっ…((汗))
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