コンピュータ環境 (2001/3)

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時系列・環境の変遷


 

2001. 3.23 (Mon.)
Iris 初期化

 Iris の全データを Harry に移動し、HDD を Fdisk で初期化しました。

なにか、殺人行為をおかしているような気分。
 むかし、PC のアイデンティティがど〜のこ〜のと書いた記憶がありますが、データをもっていることが一番重要なのではないかと思いはじめました。すると、現在の Harry は一体何者? Iris/Harry なのか??

 ま、ともかく Iris に Linux をインストールする準備がいよいよできて…わはは

2001. 3.23 (Fri.)
Harry をメイン・マシンに

 イメージ・スキャナ関係のドライバ、NC 4.7 と FTTHというツール、それに FEP をインストールして、Harry をメイン・マシンに使用しはじめました。後は、Iris の HDD のデータを走査して取りこぼしがないことを確認したら、HDD を初期化して Linux ... いったいいつのことになるやら
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2001. 3.22 (Thu.)
Harry に SCSI

 一念発起して、Iris から SCSI とサウンド・ボードを抜去し、SCSI だけ挿入しました。ついでにディスプレイ、キー・ボード、マウスも全部入れ替えました。これで、主力機は Iris から Harry にもどったことになります。ただ、まだドライバで入れてないものがあり(スキャナ)、ユーティリティや小物でインストールしていないものもけっこうあるのでぼちぼちやっていこうかと思います。
 サウンドについては、とりあえず M/B のものを使用してみて、気に入らなかったら刺してみようかな、と。

 ううむ、これで Iris の中身はほとんど全部 Harry に移動させた*はず*なので、後は初期化して Linux ...
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2001. 3.21 (Wed.)
再インストール

家族の友人の分

 家族の友人の PC が起動しないというので出かけて見てみましたが、いや大失態をおかして結局解決に4時間近くかかってしまいました。

 症状は、電源投入するとfrom CD: from CD: と表示して、<EN>で進めてもなにもしない、というもの。ま確かに日曜日に組んだときにはディスプレイは家族の借り物だったし、時間がなくなってともかく納品してしまったという経緯もありましたが、それにしてもなんだこの from CD: from CD: というブート・メッセージは…
 HDD を交換して、最初から98式窓をインストールしてみる事にしました。BIOS で、1st boot device を CD にして、DVD-ROM の結線を引き抜き、普通の CD-ROM と交換して起動します。あらかじめディスケットから起動して 2GB の領域を確保しましたが、95 式窓で初期化し、起動専用にしたディスケットに、各種ドライバを複写したものを使用したので、大容量ディスク・サポートができます。ここでなにげなく、HDD の起動区画に 2048 MB 確保したのも失敗でした。
 MS-DOS/V 6.2 から作成した同じような起動用ディスケットでは、2010 MB くらいまでしか認識できないのです。それで、その後で、どうしてもインストールがうまくいかないので 6.2/V のディスケットと交換したら、2 GB の区画まで見えなくなってしまいました。もうめちゃくちゃ。

 紆余曲折は省いて正しい順序を記述します。

  • まず、MS-DOS/V 6.2 で作成した起動用ディスケットで起動し、Fdisk を使用して 15 GB HDD の最初に 2 GB の基本領域を確保しました。
  • 確保した C: ドライブを初期化しました。
  • 再起動して BIOS にはいり、1st boot device を CD-ROM にしました。
  • CD-ROM に 98式窓を入れ、インストールしました。

 これでいいはずだったのです。しかし、次におかした失敗のために、↑の作業をつごう3回くりかえしたのでした。つまり、再起動時に BIOS にはいり、1st boot device を HDD1 にしたのです。
 再起動すると、No Boot Device. Insert the boot disk とかなんとかいってきます。

 HDD の起動領域が破壊されているのかと思って、HDD を交換し、インストールをやりなおしました。そして、BIOS で 1st boot device を HDD1に。結果は同じ。

 ことここに至り、完全に行き詰まってしまいました(アホ)。M/B の不良も疑いました。
 そして、最後にたどり着いた回答は、1st boot device の全項目を捜しなおしたこと。な・な・な・な〜んと、HDD0 があるではありませんか((木玄火暴))。
 これを見つけられなかったために、3回の再インストールと3時間半を無駄にしてしまいました(涙)。

 ともかくこれで調子は完璧になり、4 in 1 のインストール、サウンドのインストール、ディスプレイ・ドライバのインストール、ディスプレイのインストールと順調に進み全部終了したのは午後2時でした。

 それから、家族と友人にあちこち引き回され、昼食をご馳走し(ラーメン1杯だから安いものだが)、帰宅したのは4時半でした。即昼寝。約2時間寝てまだ足りませんでした。

 それにしても、boot device に、HDD0 があるとは…これまではディスケットで初期化し、CD-ROM のデバイス・ドライバまで準備してディスケットから起動して95 式窓をインストールするのがもっぱらだったので、boot device はいっこうさわったことがなかったのが今回の一番の敗因でした。

Dorothy

 Dorothy はというと、あいかわらず外付け HDD の 95式窓から起動すると、外部ディスプレイに出力してくれない症状が全く改善されていません。なんでなんだよう、内蔵 HDD からだとすんなり出力するのに。
 というわけで、システム・デバイスの使用している IRQ, DMA など徹底比較してみました。その結果、NIC が使用している IRQ が、内蔵では 5、外付けでは 3 という違いがあったので、これを5に統一したところ、外付けの環境からネットワークに参加できるようにはなりました。しかし、ディスプレイ・アダプタの異状メッセージは消えません。

 しかたがないので、症状を手紙に書いてアイ・オー・データさんに送ってみました。なにかヒントをくれるかもしれません。
 別に、内蔵ディスクから起動してもいいのですが、なんとなく内蔵ディスクは古い DOS のために取っておきたいなあ、とかいう希望があったりして(もちろんゲーム用)。ディスプレイも、ちゃんと表示するのが1台あるので、これに接続してカラーで見てみたいなあ、とか。まあ、最初のリビジョンの 95 式窓ですからメモリ喰わないといっても、内蔵ディスクは 520 MB (GB ぢゃないのよ)しかないので、1バイトでも惜しいので。
 DOS のデータと窓のデータを外付けに混ぜていれるのも気が進まないし(要するにものぐさ)。
 また、なぜ内蔵でできることが外付けでできないのかにも興味があったりして。なにしろ8月の落雷まではできていたことなので。
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2001. 3.19 (Mon.)
3台再インストール・本棚搬入

Grace 再インストール

 GRACE は、インストール語 DOS 窓を表示すると凍るという致命的な欠陥があり、主に DOS 窓でエミュ経由でゲームを楽しんでいる家族としていはとうてい使用に耐えないという訴えで、OS から再インストールすることとしました。まず、グラフィクス・ボード以外の全部のボードをひきぬき、IDE 接続の機器はそのままでいいだろうということで起動用ディスケットから C: の 2 GB を初期化、そのまま CD ドライブからセット・アップを実行。続いて、例の AMD 400 MHz 越えの Patch をあてて、それから VIA の 4 into 1 をインストール。ISA の SB16、PCI の SCSI、LAN と一枚ずつ装着して動作を確認しました。最初、音が出なかったのですがこれは IRQ の競合が原因と判明。しかし、手動で IRQ を変更しても、DOS 窓にすると音の出るエミュと音のでないエミュがあると言います。これはもう SB16 の時代ではないな、と内心思いましたが家族は一応満足しているのでそのままにしておきました。

Harry 再インストール

 Harry は、コントロール・パネルのシステムから、使っていない USB と、2台の IDE についている ? マークと ! マークがどうも気になるので、4 into 1 を実行したら見事に起動しなくなり((木玄火暴))、再インストールを余儀なくされたということで。
 これも、グラフィクス・ボード以外全部はずしたつもりが、COM1 にタブレットを接続したままで再イスントールしてしまったので、再起動時にドライバを要求されてしまい、言われるままにタブレットのドライバをインストールしてから 4 into 1 をインストールしたので、これまた失敗。COM1 をはずして再々インストールということになりました。IDE についていた ? だか ! マークは、4 into 1 のオプションではずれました。USB は使用不可にしました。これでシステムの画面がだいぶすっきりしました。

友人の再インストール

 こいつはなかなかの見物でした。DVD と、CD-R、HDD という構成なので、デバイス・ドライバがないと読み込めないので、DVD を一時的に引き抜いて CD を結線し、筐体の上に置いて、CD から98式窓をインストールしたのですが、そのあと BIOS から起動順をもどしていなかったので CD から起動するか HDD から起動するか聞いてくるようになってしまいました。で、HDD を選択すると、画面に、CD: CD: と表示するのです。これはびっくり。
 ともかく再インストールだということで 2 GB の HDD を初期化し、再インストールして正常に終了した(ようにみえた)後、BIOS の設定で 1st boot drive を Floppy、2nd boot drive を HDD 0 にしたのですが、その状態で起動すると同じ症状。
 結局、HDD の boot 領域が破壊されているのであろうと結論づけ、火曜日に15 GB HDD に再インストールすることにしました。

本棚

 半月以上前に友人宅からいただいて、土間に放置していた本棚ですが、一念発起して2階にあげました。6角のねじで固定する方式になっていて、分解するときに結構疲れたので、今回は楽をしようと魔の町を徘徊して電気ドライバ用のビットを捜しておいたのです。よほど珍しいものとみえて、専門店風の店を3件か4件あたり、やっとみつけたのでした。おかげで仕事の早かったこと:)
 ずいぶん高かったものだそうで、大事に使わせてもらおうと思います。まあ、中に入れるのは文庫とマンガになるんでしょうけど。


 実はこのところすごい悪性の風邪をひいていました。本当に変な風邪で、鼻水と悪寒がし、時々頭痛と喉の痛みがあるだけで熱が出ないのです。ほとんど1週間悩まされ、土曜日から日曜の昼にかけてが最悪で、気分が悪く、クスリは聞いているのかいないるで分からずという状況でした。土曜日の夜はコンサートの予定で、とてもとても楽しみにしていたのに行けませんでした。悲しい。
 日曜日も、朝、8時頃に目が覚めてしまい、やることがないので Harry の再インストール、10時頃に食事して友人の PC の再インストールをこなし、昼ごろ帰宅してベッドに倒れ込み、1時半頃昼食にラーメンを食べたのです。思えばあの頃が峠だったのかもしれません。
 ラーメンにラー油をぎとぎとにぶちこんで、さらに酢を入れるという、他人が見たら食欲を失くすような食べ方が実はわたしの好物で、今回もそれをやったのです。そして、食べてすぐにクスリをのんでまた寝ました。
 で、3時頃に目が覚めたらなんとなく気分が良くなっていて、本棚の搬入をやる気になったというわけです。家族3人掛りで7個に分解してあった部品を全部2階にあげ、電気ドライバーで組み立て、そこら辺の本を手当たり次第に突っ込んだらなんかかっこうがつきました。

 今年の風邪は本当に質が悪いです。皆さんも健康にはくれぐれも気をつけてください。
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2001. 3.13 (Tue.)
Grace の再セットアップ・Dorothy の再セットアップ

Grace

 こちらは95式窓で行きたいというので少々難航しています。ドライバがもう95式をサポートしていないのです。まあ、ともかくやってみる、ということで、M/B に CPU とメモリを装着、筐体に接続し、電源、AGP (GeForce2 32MB) を接続、ディスケット・ドライブだけの状態で起動してみました。
 どうも電源投入のタイミングで起動したりしなかったりで、これは電源を交換する必要があるかな、とか思ったのですが、いっぺん電源切断してもう一度投入すると起動するので、ともかく進めていく事にしました。マスタの HDD を接続して、ディスケットから起動し、C: 領域を Fdisk で解放、再確保して初期化。/s をつけるとどうもうまくいかないので(a:\dosにcommand.comがないためと判明。もうディスケットのメモリに空きがなく、入れられないの)、システム転送は窓に任せることにしてインストールしました。
 例によって SCSIその他のペリフェラルをひとつずつ装着しながら再起動して動作確認をくり返し、ともかくも動くようにしましたがなんか変。
 ネットワークに接続できないのです。また、Ping を通そうと DOS 窓を開こうとするとフリーズします。この件はとりあえず棚上げにしました。

 また、友人のものも Grace も、M/B の音源から音が出ないというトラブルを抱えています。これも解決しなければいけない課題です。

Dorothy

 こちらは、やはり SCSI の IRQ がバッティングしていたらしく、空いていた 5 に変更したところ少し状況はよくなりましたがあいかわらず外付けディスプレイに出力してくれません。これも疲れました。
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2001. 3.12 (Mon.)
しうまつの大騒ぎ

 Duron 750 の買い出し

 日曜日、家族が進学したお祝いだということで、その友人の分まで2台分の部品を買いに魔の街にくり出しました。10 時 10 分頃に公共駐車場に到着。ぎりぎりで待たずに入車できました。この時刻だとまだ開店している店がほとんどないのでしばらく自動車内で時間を潰し、10:40 すぎに駐車場を出ると、もう入車待ちの行列ができていました。
 気の毒に、これから出庫する自動車なんてほとんどいないから、後2台、3台でも最低30分とかの待ちになるんですよね(と、経験者は語るのであったのであった…)。
 で、家族は、Grace のバージョン・アップと決めているので問題なかったのですが、その友人は自作するか出来合いにするかまだ迷っていたのでまず大型店にはいって何台か見てまわりました。いくら安い、安いといっても、やはり自作にはかなわないということを納得して、その場で自作に決定。

 自作のために必要な筐体、キー・ボード、ディスケット・ドライブ、CD-ROM、HDD は提供してあげる(作りかけの Linux マシンになる予定だった機体)ということで、ふたりとも、M/B、CPU、メモリ、DVD-ROM、友人は加えてマウスとディスプレイにプリンタ、それにできたら CD-R もほしいといいます。

 結局組まされるのはわたしなので、M/B の選定はめんどう、と Harry(改)に使用したのと同じ EPOX EP8K-TA3 に。家族は Athlon 1.1 GHz、友人は Duron 750 Mhz をそれぞれリテールでにうしゅしました。リテール品はファン付きなので、計算するとバルクより安くなったのです。メモリは、家族は 256 MB、友人は 128 MB、一番安い ATAPI の DVD-ROM を2個、家族はさらに G-Force2 32 MB の G/B をこうにう。友人は EIZO の廉価版ディスプレイを配達してもらうようにしました。火曜日に到着の予定。
 以上の品々は全部まとめて PC-SUCCESS でこうにうしました。

 これだけで結構な量になったので、いったん駐車場にもどって荷物を積み込み、残る CD-R を求めて本格的に徘徊を始めました。その結果、R*8, W*4, Read*32 という製品を 11.8K でゲット。場所は、ツー・トップ2号店。プリンタは CANON の輸出仕様を 1.1K でゲット。これは、中央通りに面している、なんか怪しい店で名前は失念。マウスは 0.5K。これも別の店でしたが場所はもはや思い出すこともできません。メディアは ZOA 本店で買って必要なものは全部そろいました。

 帰宅して、2台いっぺんに組むことなどできはしないので、Grace のばらしだけでも家族に任せ、こちらは友人の機体の組み立てに専念しました。EPOX の古い M/B をはずして新品を入れ、CPU、メモリを装着、M/B に取り付け。AGP の G/B は中古の 16 MB を入れて、続いて CD-ROM を抜去、かわりに DVD-ROM と、CD-R/W を挿入します。全部結線して、Kalen から一時的にはずしたディスプレイを接続して電源投入すると、DVD と CD-R/W の電源を入れていなかったことが発覚。入れなおしてとくかく起動に成功しました。

 続いて、ディスケットから 2GB の HDD を FDISK で領域解放。めんどうだったので、CD から直接インストールできる 98式窓を使用したのですが、DVD-ROM も CD-R/W も起動ドライブとして認識してくれません。
 しかたない、DVD-ROM のバスと電源を引き抜き、さっき抜去した CD に結線、そのまま外装をはずした筐体の上に乗せて CD を挿入、これでインストールすることができました。全部インストールを終えて、HDD から起動できることを確認したうえで、CD を抜去、あらためて DVD に結線します。これで再起動するとちゃんと認識してくれました。

 DVD とか CD-R/W の W なんて、どう使うかは知りませんのであとは自助努力に任せるということで。プリンタの設定も間に合わなかったのでともかく自宅まで配達して、残りの作業は家族にやらせることにしました。どっちみちディスプレイが到着する火曜日までは何もできません。

 家族のほうは、筐体からはずせるものを全部はずした段階で放り出してあります。明日以降、少しずつ地道にやるしかないでしょう。しうまつまでには動かせる状態に持っていきたいと思っていますが。どうなりますことやら

 いや本当に疲れたけどおもしろい1日でした。

Dorothy ほぼ復活

 一方、Dorothy は、内蔵 HDD に 95式窓をインストールすると問題なく動くようになりました。やはり問題は:

  • インストールの最中に窓が Config.sys を書き換えるが、このとき、第1行目になくてはならない RECMEM.SYS を3行目 (Himem.Sys と Emm386.Exe の後ろ)に移動させてしまう
  • そのために、インストールの最後の段階の再起動に失敗する

みたいな。そこで、インストールの最後の段階の再起動では、いったん窓メニューからプロンプトを選び、Edit プログラムで Config.Sys を書き直して、さらに再起動するということで問題を解決することができることが分かりました。これで本体に問題はないことが確認できました。

 しかし、外付け HDD に窓をインストールすると、あいかわらずビデオ・ボードに問題があると報告してきます。したがって、これは、SCSI と ビデオの IRQ がバッティングしている可能性が大きいと見ています。窓から IRQ を変更することができないので、製品に添付されていた DOS のユーティリティを使用して調査する予定です。それでだめなら、今度はアイ・オー・データ機器さんにお頼みを入れるしかないです。でも、何とかなるような気はしています。

 また、CD-BOX の CD は、CD-R も読めました。古い CD だと、CD-R の読めない機種があると聞いていたのでこれは収穫です。内蔵 HDD のデータは全部 Harry(改)に待避してありますのでこれをもういっぺん Iris に複写し、CD-R に焼いてしまう事にしました。約 230 MB ありました(窓関係のプログラムとユーティリティは除く、純粋なデータと DOS 関係のプログラム)。

 持ち歩くことはもうないと思うのですが、できたら窓は外付けの HDD から起動し、内蔵ディスクは DOS のまま残したいのでもう少しいぢってみるつもりです。

というわけで Linux

は、Iris をあてるしかなくなりました。Iris から Harry(改)へのハードウェアの譲渡は、もう SCSI だけになっていますので、多分問題ないのではないかと期待しています。PCMCIA の R/W が内蔵なのでこれと AHA2940 (をを、これも Frederika の遺物だ) をはずして Harry に入れるだけです。サウンド・ボードについては、ともかく抜去して、SCSI の様子を見たあとでゆっくり、と考えています。EP8K-TA3 は、M/B にサウンドをもっていますから、まずこれを殺さないといけないし。

 いったい、いつのことになるやらsigh
2001. 3.13へ

2001. 3.10 (Sat.)
ついに成功、Dorothyの再インストール

 アイ・オー・データ機器の方からいただいたアドバイスにもとづいて設定を見直してみました。
 Dorothy 本体には、CD-BOX を経由して、

  • ディスプレイ・アダプタ
  • SCSI アダプタ
  • NIC

が接続されています。これらが全部同じメイカーの製品だったことは今回の問題解決に大変役に立ちました。

 ディスプレイ・アダプタとNICのIRQがバッティングしていたのが最後の問題だったことが判明したのです。落雷の影響は受けていませんでした。ああ、よかった。

 IRQ は、アイ・オー・データ機器さんでそれぞれのアダプタを検査するときに、工場出荷時の値に再設定されるとのことです。すると、CD-BOX がもともともっているディスプレイ・アダプタと、わたしが後からこうにうして、SB16 を引き抜き、かわりにそうにうした SCSI の子亀に乗っている NIC の IRQ がバッティングしているはずだという連絡を、アイ・オー・データさんからいただいたのでした。

 そこで、まず、子亀の NIC の乗っている SCSI ボードをひきぬいた状態で内蔵 HDD から窓を立ち上げてみたところ、昨日の状態と同様に、600 * 400 の解像度で一応正常に立ち上がるようになりました。
 そこで、画面のプロパティからディスプレイ・アダプタの変更を選択し、ダウンロードしておいた最新の(1999年版よ!)ドライバをロードしました。
 ドライバは自爆型のファイルでダウンロードしたので、ディスケットに展開してあります。このディスケットを入れたドライブは B: でしたので、ディスプレイ・アダプタの変更時に「ディスク使用」を選択、B:\ を指定して作業を開始すると、「Windows95 の CD を挿入してください」みたいなメッセージを表示するので CD にこれをセットして続行します。するといくつかのファイルを複写したあとで「**(ファイル名忘れた)がない」みたいなメッセージを表示します。ここで、正しい選択は(何度かの再挑戦の結果わかったのですが)、B:\Win95というドライブ指定、つまり、アイ・オー・データから提供されたドライバのサブ・フォルダだったのでした。
 この関門を突破すると初めて外部ディスプレイに表示できるようになりました。やあ、嬉しいこと、嬉しいこと。

 続いてネットワークの設定ですが、SCSI に乗ったボードを CD-BOX に正常に挿入し、まず起動時に F8 で起動メニューを表示させ、プロンプトにはいって、NIC に添付されていたユーティリティ・ディスクをそうにう、このプログラムを起動しまして、IRQ の値をバッティングしていない値に変更するわけです。こうして NIC の IRQ の値を設定したあとで窓を起動し、ネットワークの設定をすませてついに、やっと、わが家のネットワークに参入させることに成功したのでした。ああよかった。

 で、外付け HDD に待避していたデータをいったん全部 Harry(改)の 30 GB に複写している最中です。これが終了したら、外付け HDD を初期化して改めて窓をインストールしなおし、内蔵HDD は、DOS で使用できるようにするつもりです。なぜそんな作業が必要になるかというと、外付け HDD のドライブ番号が変わってしまったから。
 外付け HDD に窓をインストールした時点では、そのドライブ番号は H: だったのです。A:〜D:が、内蔵 HDD で使用され、E:とF:がディスケットでした。G:は CD 。で、その次に外付け HDD というわけ。
 今回の窓再インストールにあたり、内蔵 HDD のパーティションは1個にしてしまいました。すると、A:が内蔵 HDD、B:とC:がディスケット、D:がCD になって、外付け HDD は、E: になりました。

 ドライブ番号が変ると、窓は起動してくれないのよね((木玄火暴))。

 したがって、内蔵ディスクのパーティションを何個にするかは、旧PC98 では結構重要な問題にもなるという話しです。

 ともかくも、外部ディスプレイの表示、ネットワークの参加、外部 HDD の使用の全部に成功しましたのでこの話題はこれにて終了というめでたい結果になりました。ああよかった。
2001. 3.12へ

2001. 3. 8 (Thu.)
Dorothy に窓のインストールとりあえず成功

 ともかく 600 * 400 で、ディスプレイの設定に問題があるとのご宣託付きながら、内蔵 HDD から窓を立ち上げるのに成功しました。エプソンさんの話しではハードウェアくさいということでしたけど、原因究明に一番いけないことをしてしまったため、なにがいけないのか未だに不明です。それは:

  • Config.Sys の1行目に RECMEM.SYS がなかったことを発見し、これを1行目に移動させたこと。
     RECMEM.SYS とは聞き慣れないドライバですが、エプソン・ノートで 16MB 以上のメモリを搭載した機種では必須のドライバで、必ず Config.Sys の1行目に記述しなければならないことになっています。窓のインストール過程で、これが EMM386.EXE の後ろに移動していました(っていうか、HIMEM.SYS と EMM386.EXE が最初の2行に書き込まれる、ってことなんだよね)。
  • メモリをいったん全部抜去して、16MB だけそうにうしてみました。
  • メモリの接点に接点活性剤をまいてみました
  • CD-BOX を抜去してみました

 これだけ一度にやってしまったら、もう原因がなにかなんて分からん…正気なら↑の段階をひとつずつ試す「はず」なのだが。しかも素面でやったところがすごい。いつもなら酔っててまちがえたことにしてごまかすのだが、ぢつはこのときは素面だった。まあ、そのかわり Iris で Main Sweeper に夢中だったということはみとめますけど…

 これで、外付けの HDD と、内蔵 HDD から窓の起動が可能になったことで、問題が少しだけしぼり込めました。果たして Dorothy 本体に異状はあるのか、CD-BOX は完全に復調しているのか、待て次号、なんちゃって。
2001. 3.10へ

2001. 3. 6 (Tue.)
続・Dorothy vs. 窓

 エラー・メッセージは以下のようなものでした。

デバイスIOSを初期化中
Windows 保護エラーです。コンピュータを再起動して下さい。

 そして、数秒後に「コンピュータの電源を切る準備ができました」となります。
 次に起動すると窓起動メニューを表示し、3の Safe Mode を反転推奨していますので、Safe Mode で起動します。
 終了して再起動すると、最初にもどる、ということで、この症状を説明しましたところ、なにかハードウェアに原因がありそうとのことでした。

 実は Dorothy は、内蔵 HDD を 2台持っていまして、今回のものは 540 MB の容量、もう一つは 230 MB です。そこで今度は 230 MB の HDD でインストール試験してみる事にしました。その他、増設メモリの疑いもあるとのことです。
 さすがに、アセット・コア製の、換装したP75 は、「多分無罪」とのご宣託をいただきました。

 まあ、趣味の代物ですから時間かけてゆっくり追いつめていこうかと思うようになりました。
 こんなふうに考えがころころ変るのがいかんよなあ…
2001. 3. 8へ

2001. 3. 5 (Mon.)
GeForce2 16 MB G/B を衝動買いする

 まあ、どちらかというと計画的だったのですが、32 MB があまりに高いのでとりあえず 16 MB を買いました。この間から廃品で組み立てている Linux 予定機のために、G/B がどうしても1枚足りないからです。で、その GeForce2 は家族が Grace で使用していた ATI Xpert-128 と交換、さらにこれを Harry(改)の Canopus 4MB と交換して、この Canopus を作りかけの機械に入れたのでした。
 ただ、これの認識の過程で NIC が喪失してしまいました。しかたがないので H.W. の検出を試みたりして、結局 NIC をはずして起動し、いったん終了して NIC を別の PCI スロットにさして再起動という手順で再認識させることに成功しました。

 一方、CD-BOX のほうは、ほとんど絶望状態。MS-DOS では、CD-ROM も、G/B も正常に作動するのですが(NIC は窓にはいらないと検証不能)、DOS では外部ディスプレイの表示ができません。外付けの HDD に窓をインストールしてみたところ、液晶画面では正常に作動するものの、画面のプロパティからディスプレイ・ドライバを入れようとするとなにか(ソフトかハードか、システムは指摘してくれない)の原因でディスプレイを認識してくれません。
 また、内蔵 HDD に窓をインストールしてみたところ、インストール最後の段階の再起動後に政情画面を表示するのに失敗します。

 残る手段は、こうにうした段階で添付されていた 230 MB HDD を使用しての窓のインストールですが、とりあえず気力が尽きました。

 Dorothy はしばらく戦列から離脱させざるをえないでしょう。
 ひとつの救いは、外付け HDD から起動した窓の状態で、540 MB HDD の中身を全部その HDD に複写できたこと。CD-BOX の SCSI は問題なく作動するので、将来もしも Dorothy が戦線に復帰したときになにかの役に立つことでしょう。この HDD が、もしもこのまま DOS/V から読めれば、CD-R に書き出してしまおうと思っています。

 この症状をエプソンさんに相談したところ、ともかく窓の再起動時に表示されるエラー・メッセージを正確に教えてほしいということなので、今夜試してまた明日報告する予定です。

 そんなこんなでしうまつは Dorothy と CD-BOX にふりまわされてしまいました。
2001. 3. 6へ

2001. 3. 2 (Fri.)
30GB HDD を Harry に…

 装着して、データを 15GB から全部転送し、15GB をはずす予定だったのですが挫折しました。

 どういうわけか、11GB のデータ転送中に勝手にシステムが再起動して、30 GB HDD のクラスタにエラーがあると報告してきたのです。
 さあ恐ろしくなってしまい、データの転送は中断して 30 GB HDD のデータをいったん全部消去、ノートン先生にディスクの調査を依頼しました。いやこれが時間がかかって…
 無事終了し、問題なしとの結果報告をいただいたときには就寝時刻を過ぎていたというわけで。

 本日、データの転送に再挑戦する予定です。
 これが成功したら、いよいよ SCSI の換装か、それともシステムが報告しているユニバーサルシリアルバスの異状解消か、どっちを先にやるかなあ…。心情的にはシステムの「!」とか「?」は全部消したいのですが、なにせ IDE (IRQ 14, 15) にまで「!」がついた状態で運用している現状ですから…
2001. 3. 5へ

2001. 3. 1 (Thu.)
ISA MODEM の換装・狂ったデータベース構造・CD-BOX など

Iris から Harry に MODEM を換装しました。

 この MODEM が ISA bass 仕様なので、Harry(改)の M/B は選択肢が限られたのでした。これのインストールも予想通り一筋縄では行きませんでした。
 まず、Harry の「スタート」〜「設定」〜「システム」から IRQ の空きを調べてみますと、3 と 9 が空いています。確か 3 はまずいのではないか (2 だっけね?)と思いつつ、「MODEM」から MODEM の検出を試みました。しかし、(思ったとおり)検出には失敗。そこで、再起動して BIOS にはいりました。
 BIOS でシリアル・ポートを調べると、Serial1 と Serial2 に関する項目があり、IRQ と アドレスの指定は両方とも AUTO になっていました。
 Serial1 にはタブレットが接続されているので、MODEM は Serial2 に接続する必要があります。
 そこで、Serial2 の設定を AUTO から IRQ3 に変更して、Serial1 には IRQ を自動的に取得してれることなど期待しながら再起動してみました。

 これは失敗。何かのコンフリクトということで窓が起動。「システム」から構成を眺めてみると、COM2 と COM3 ができているではありませんか。
 ふたたび再起動して BIOS にはいり、Serial2 を AUTO にもどしました。どうもこれがよかったみたい。この状態から起動したところ、タブレットを認識。「COM1 が生き返ったな」ということで構成を見ると案の定 COM1 と COM2 になっています。

 しめしめ、と MODEM の検出。COM1 で MODEM を捜して失敗(アタリマエ)、続いて COM2 の MODEM 検出を試みて「標準の MODEM」を発見しました。「よしよし」ということでモデムの一覧から US Robotics の SportStar 28,800 internal を選択。
 いい MODEM を作るメイカーだったんですけどね、US Robotics。栄枯盛衰とはこの事です。たしか、3COM に買収されたと思いましたが。

 続いてワード・パッドにテスト・メッセージを書いて、Microsoft FAX に印刷、職場に送付してみました。送付に成功。やれやれです。

 ちなみに、翌朝出社してみましたら、くだんの FAX はちゃんと受信されていました。うれしい。


 Harry(改)と悪戦苦闘しながら、その間にせんだってにうしゅした 30GB の HDD の初期化を試みました。Iris は、IDE がいっこ空いているのでこれに接続して起動してみましたら、ドライブ番号がずれた関係で、元の D: にはいっていたプログラムが軒並み動かず、それでも窓自体は C: に入れてあるので起動はしました。そこから即 MS-DOS で再起動して Fdisk を実行したのですが、その後からの再起動は全部開始画面から F8 でメニューを出し、Prompt only の状態で作業しました。
 ディスクは 15GB * 2 でパーティションを切ってあったのであらためて 30GB * 1 に切り直し、初期化しました。いや時間のかかったこと!
 Harry(改)の MODEM のインストールで再起動をくり返し、ハードウェアの検出やらなんやらやっていなかったら退屈して死んでいたかもしれません(笑)。


 続いて Iris から Harry(改)への SCSI の換装にはいりますが、IRQ はまだ 9 が空いているし、いざとなったら LPT1 の 5 も殺せるので(LAN から印刷していてヨカッタ!)、多分大丈夫でしょう。あとは、いつやるかだけなんだな((木玄火暴))。
 ただ、サウンドについては、オン・ボードのサウンドがどうもうまく動いていないような感じがしていて、IRQ5 もユニバーサル・シリアル・バスとなにかがバッティングしている状態なので、完全に使えるようになるにはまだまだ先は長いようです。

 なお、Harry(改)に MODEM をインストールしている過程で、例の、ログ・インするとインターネットに自動接続のプロセスが動きだしてしまったような*気が*します。これは Iris もいっしょに再起動をくりかえしていたので定かではないのですが、いよいよとなったらルータの設定で自動接続できないようにする必要があるかもしれません。
 ヤマハのサポートではそれやると使い勝手が悪くなるから止めたほうがいいというのですが、いかんせん原因が特定できないのではどうしようもありません。困ったもんです。

狂ったデータベース構造の話し

 この話しはデータベースにくわしい方向けなのでそうでない方は読み流してください。

 今、次のようなテーブル構造があったとします。

データベース
Orders (受注テーブル) Payments (入金テーブル) Payment_Details (入金明細?)
Primary Key受注番号 Primary Key入金番号 Primary Key入金番号
Sequential
Data入金期日Data受注番号
入金金額
掛け売り受注番号

 Orders は受注関係のはいったテーブルで、Payments は入金関係のデータのはいったテーブルです。そして、Orders の Primary Key が受注番号です。

 今回の課題は、受注番号ごとに、1回かも知れないし複数回かも知れない入金のリストを入金期日の順に作成することでした。

 わたしはこれらのテーブルのリレーションを知らなかったので、一番ありそうなやりかたを試してみました(って、ここからすでに変なんだよね。リレーションの関係図がない、っていうこの事実!)。つまり、Orders の受注番号と Payments の掛け売り受注番号にリレーションを設定してみたのです。
 だって、「受注」〜「掛け売り受注」〜「入金明細」というリレーションが連想される構造ではありませんか、このテーブルは?
 これが通らない。ほしいクエリーが出てこないのです。

 それに、よく見るとデータ構造も変でしょ?複数回の入金があるとしたら、入金期日や入金金額が、どうして Payment_Details ではなく、Payments にはいっているのでしょうか…

 結論からいいますと、正しいリレーションは Orders の受注番号から、Payment_Details の受注番号だったのでした。Sequential の値はすべて1。そして、Payment_Details の入金番号から Payments の入金番号にリレーションがついていて、Payments に複数回の入金記録がはいっていたのです。なぁにが入金テーブルだ、こっちこそ入金明細じゃねえか。

 個人的には、このリレーションとテーブルの命名規定はめちゃくちゃです。狂っています。あるテーブルに、_details と命名しておいて、そっちに別テーブルからリレーションを取り、その明細を _details のない名前のテーブルに格納するなんて、正気の沙汰ではありません。

 もしもこのデータベースの設計者がわたしの手の届くところで仕事をしていたら、張り倒していたでしょう。
 残念なことにこのデータベースはパッケージで彼の国亜米利加で開発されたものでした。まったくおしいことをしました。

 こんな腐った設計のデータベースが堂々とパッケージとして売られているのですから、ソフトウェアの品質向上など望むべくもないという現実はずっしりと重いです。

CD-BOX/SBの件

 しびれを切らして電話してみました。例によってつながるのに約30分。アイ・オー・データ機器さんのこのサービスだけはなんとかしてもらいたいものです。
 やっとつながって事情を説明して、折り返し電話をもらえることになりました。

 そしていただいた説明は、

  • CD-BOX の修理は、前回で完了していた
  • MS-DOS からの起動で CD を認識することを確認した
  • 3.1式窓から CD を認識できないので調査していた

とのことでした。ああ、何ということでしょう、Dorothy の 3.1式窓は腐っていてもともとまともに動かないものだったのです。こちらから謝ってその状態で十分なので返送してもらう事にしました。

 外付けの 1.2 GB HDD がありますので、これに 95式窓をインストールして、必要なデータを待避させたら、内蔵 HDD はいったん初期化してインストールしなおそうと思っています。
 例の 3.1式窓は、Lantastic という LAN を使っていたことがあり、これのアン・インストールが完全でない関係でまともに動かないのです。しかし、この現実を見れば明白なように、3.1式窓の需要などほとんどないのでほったらかしてあったのでした。

 いよいよこれもきれいにしなくてはいけないようです。

 なお、インストールしてあった CD 用のデバイス・ドライバは CD-BOX 用のものではなかった、とアイ・オー・データさんは主張しています。しかし、わたしは Dorothy には、CD-BOX 以外の CD を接続したことはありませんし、原因は不明です。
 また、CD 用のデバイス・ドライバは、アップデートされていて、ラベルも変わっている(!)ということで、そのへんの書き換えた新しい取り扱い説明書もデバイス・ドライバのディスケットも送ってもらえることになりました。おそらくこれで問題解決でしょう…だといいなあ…

 ついでに、BOX の分解方法を聞いてみましたが案の定ナイショとのことでした。あったり前だよなあ(苦笑)
2001. 3. 2へ

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