コンピュータ環境 (2000/11)

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時系列・環境の変遷


 

2000.11.28 (Tue.)
プリンタ・サーバ

 退社後魔の街に寄り道して、この間こうにうしたのと同じのをもう1台調達しました。これは ALPS に装着の予定。
 こんどは、箱に「保証対象外」と明記してある TCP/IP で接続できないか試してみるつもりです。結果は追って報告します。

2000.11.27 (Mon.)
Perlってやつは…

 ぢつはこのところ「ペット同伴旅行」のページをどうにかしてみたいとずっと考えているのです。ま、具体的にどうこうするという段階ではないのですが、ともかく内容が(SPAM と違って)内容だし、件数も多いし、それにヒット数が多いし。現金なものです。
 それに関連して、アンケートのページを作ろう、とか思い立ち、frame でデータにうりょくできるようにして、これを POST したのを受けてわたし宛にメールする CGI を Perl で書くんだ!じゃなくて、参考書を買ってやっていたのです。ま、うまくいくわけありませんけど、最初から。
 で、軽く半年ばかりほっ散らかしてあったのを(爆笑の嵐)、何を思ったかもぞもぞといぢり始めてみたわけ。
 土曜日の朝1時間ばかりと日曜日は午後一杯使って、なんとかにうりょくしたデータを受け取れるようになりました\(^^)/。
 でも、日本語の化けが取れないんです。jperl.pl を使いこなせていないらしい。それで日曜の午後の後ろ半分と夜も1時間ばかり格闘していたのですが今のところまだうまくいっていないという現状です。

 やっぱ知らん言語でプログラム組むのは難しいわ(アタリマエ)。

 さてしうまつは、給料がでたので気もでかくなり、作業場で使用するように HUB を調達しました。5ポートでカスケードできる 10M が、1.98K ですよ。いや安くなったもんだ。あと、プリンタ・サーバもねらったのですが、いかんせん渋谷では思ったような品揃えがなく、TCP/IP と NET BEUI プロトコルの製品がなかったのでこれは今後の課題としました。いまでさえすでに両方入れているのに、その上に IPX/SPX まで被せられるかよ、オーバーヘッド増えるばっかじゃん…
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2000.11.20 (Mon.)
ハード・ディスクの末路ってやつは…

 あてがった 540 MB でもなんかわけわからんエラー・メッセージを出すと泣き言を垂れられてついに切れてしまい、金曜日に魔の街で 20 GB のハード・ディスク1台調達してしまいました。例によって疲れていたのでそうまっぷに飛び込み、一番安かった富士通製のをこうにう。そのまま錦糸町経由でひたすら寝ながら帰宅しました。
 帰宅してから夕食を食べはじめる前までの間に最初の 2GB だけ MS-DOS 6.2 で領域確保、食事中に初期化し、窓のインストール可能状態にして寝るまぎわに家族にわたしました。

 さてこの初期化の作業には例によって Harry を使用しました。プライマリ・マスタのハード・ディスクからコネクタを引き抜いてかわりに新品を接続して作業。
 で、日曜日の午後、なんとなく時間が余ったので、例の作業後なにも後片づけをしないままに放置され、筐体をはがされ、内臓むき出しのままの Harry を、元から付けていたハード・ディスクから起動してみました。前回「ハード・ディスクがな〜い」とかいって IPL を拒否されたので、まずいきなし BIOS に行ってハード・ディスクの検出を試みました。すると、プライマリ・マスタにハード・ディスクを発見。
 さいさきいいじゃん、と設定を保存して再起動してみました。すると、IPL は進みますが、起動画面でやはりハード・ディスクを表示せず、ただセカンダリ・マスタの CD-ROM ドライブの表示だけしてそのまま IPL を続行していくではありませんか((汗))。そして、久しぶりに、なつかしい Storm Linux 2000 の起動画面が表示されました。
 ルートのパスワードも間違えずに入力できて、無事起動しました\(^^)/。
 今は、HUB がなく、ネットワークに接続もしていないので起動だけ確認してそそくさと Shotdown。ううむ、いよいよ作業場でも HUB を調達しなおさないといけない…というわけで、8月に落雷でやられた HUB を持ち出してきて試してみましたが、LP プレイヤーのように奇跡の復活をとげてはくれませんでした(涙)。こういうものは、捨てるしかないかなあ。もったいないなあ…
 ともかく作業が一段落した Harry は、筐体を元どおりにとりつけていつでも使えるようにしました。
 考えてみたら、これはこれで Iris の立派なバック・アップなんですよね。いざとなったらすぐにプライマリ・ディスクを窓で再設定して、Iris のスレーブ・ディスクを取りつければ動くではないですか。ううむ、やはりなんでも取っておくものだ。
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2000.11.13 (Mon.)
ハード・ディスクの Low Formatってやつは…

 しうまつに家族が使用している Grace の起動用 1.7 GB の IBM 製 HDD の調子が悪くて悪くてと訴えるので、はがして調べてみたところ、どうも物理的に逝っているらしい。そこで、前からやってみたかった BIOS からの Low Format というやつをやってみることにしました。これで癒る保証はまったくないけれど、どうなるのか興味があったのです。

 1.7 GB の処理に優に2時間はかかったかな。まじめに測っていませんでしたが。で、結局だめ。損傷している部分の直前まで FDISK で確保するという手を使ってみましたが、確保できたのが 300 MB。これではどうにもなりません。
 しかたない、余っていた Conner の 540 MB をあてがって「これでなんとかせい」ということになりました。ま、主なデータは2台目の 8 GB に入れているから、極端な話し起動さえできればいいということで。

 やはり、ハード・ディスクは消耗品ということで。このディスクはそれでも4年近くもったはずです。結構こき使った(らしい)割りにはがんばったかも。

 ところでこれの作業には Harry を使用したのですが、Harry のハード・ディスクも起動時に認識できなくなっていて、多分逝っているんだろうと思っています。もう半年以上ほっ散らかしてあった割りに、ディスケット入れて電気入れたらしゃきしゃき立ち上がるのでいかにももったいないです。ああもう少し時間があれば、本腰入れて診てやれるのに…自分の病気(鬱)がうらめしい…

 医者からは兎も角たくさん寝ることだといわれて、精神安定剤やら睡眠薬やら睡眠導入剤やら山のように処方してもらっていますが、それにしてもこれらを全部飲んでいて、はたして大丈夫なんだろうかといらぬ心配でまた鬱になる今日この頃です。
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2000.11.10 (Fri.)
鬱病患者の末路

 さてめでたく仕事が再開できるようになり、さっそく朝からあんなレポートがほしいこんなトラブルが起きたとエンド・ユーザからの相談が引きも切らない一日です。

 いよいよ鬱かかっているのが問題になってきました。
 この状態だと、なんというか大局的な判断ができない、細かい仕様のつめができないという、SEにとってかなり致命的な症状が出ているのです。
 目先の小さい問題解決はなんとかなります。
 でっかいアプリケーションの概念設計とかもそこそここなせます。しかし、それをブレイク・ダウンしてモジュール単位に設計したり、なにもない状態でいちからシステムやレポート・プログラムを構築していくのができないのです。
 なにをやったらいいのかは分かっているのに、それを実現するためになにをどうやったらいいか分からない・どこから手をつけたらいいのか分からないという、はた目から見たら「アホかこいつ」状態です。でもしかたない、本当にそうなんだから。

 じつは、この一週間の再インストール騒ぎの直前まで、一つのアプリケーションの開発をしかかっていたのです。データ・ベースのテーブル設計もそこそこ終わり、各フィールドのリレーションもつけて、後はデータ入力画面の設計とレボート作成くらいで終了するはずだったのね。
 で、昨日の夕方から作業再開できる条件にはなったわけ。
 で、まるで進んでない。進捗ゼロ。
 ううむ、困った…本当に簡単で小さなアプリケーションなんだが。なんぼ納期が年内でいいとか言われていても、ほんとに晦日まで引っ張るわけに行くわけがないもんな(涙)。うち、決済12月末だし。

 ただ、こんな愚痴でも書き込みができるようになっただけ改善してきているということかも。何事も前向きに考えるしかないですか。
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2000.11. 9 (Thu.)
邪悪な Win NT 4.0 英語版アプリケーションの末路

 メイカーのサポートに電話して相談したところ、「初めて聞いた、もしかしたら実機を引きとり試験してみたい」というではありませんか。わたしのマシンがなくなってしまう。
 会社は気前よく「買ってこい」(笑)。
 しかし、秋葉原ってところは、意外と NT マシンを売ってませんね。そらあるところにはあるんだろうけど、こっちは気がせいていたし、まず飛び込んだそうまっぷさんでは「うちはやってません」。ううむ。でかいところならどうだ、と(これも結局間違いだったが)LAOX ざ・コンピュータ館さんへ。「その手のはネットワーク館に行ってください」なるほど筋が通っている、かも…
 「NT Workstation マシンがほしいのです]「これしかありません」と示されたのが HP Vectra。「最後の1台です」選択の余地ないじゃん(苦笑)。「配達しますか」「いや持って帰ります」「お車ですか」「電車です」
 店員さん急に真剣な顔つきになって太い紐を取りだし、厳重に縛り上げてくれました。
 いや重かった。オープン・リール・デッキ買ったとき以来の重さかも(あれは 16kg あった…(遠い目))。

 さて持って帰って本体以外の小物は全部これまで使っていたものを流用することにしてコンパックの本体からはずしました。今度の機体はベビーATなので、楽勝で机の上にのります。で、接続を終えて電源投入すると、おお、勝手に NT 4.0 のインストールを開始するではありませんか。
 すったもんだの末、17回目のインストールにしてついに問題解決か、と思いながらもまずインストールしたアプリケーションが英語版の Crystal Report。「まさかね」とワード・パッドを立ち上げて日本語入力すると「うわぁ、何じゃこりゃあ」
 同じ症状です。画面の左下にポップ・アップ・ウィンドウが開いて入力したかなが表示され、変換後確定すると文字列はワード・パッドのカーソル位置に移動して何文字かに1文字の割りで化けてる。「こりゃ、ハードの問題じゃないよ」

 するとなにか、日本語環境と英語環境の2台持ちで開発せいということかい(涙)?めんどうくさいなあ…
 それに、当分の間は1台しかないわけだし。コンパックさん、1台持っていっちゃったら。
 と、いうわけで、なんとなく(あくまでなんとなく)、さらに日本語版 Office97 のインストールを続けたのでした。

 そして試験。信じられない。なおってるよ、日本語入力…

 こわれていた環境が、Office97 のインストールで回復してしまったのです。そんなんありか??
 もうやけくそだ、てんで英語版 VB5、Data Wedget、ThreeD、さらに英語版 VB で作成した基幹業務のアプリケーションを次々にインストールするも、試験のたびに日本語入力は正常なままです。もう、わけわからん。

 そうこうするうちにコンパックさんから腰の引けた電話がはいり、実機を回収しても原因がわからないかもしれないなどというので、しかたない、これまでの経過を全部教えてあげて、ハードのせいじゃありません、なにもかも M$ が悪いんだということで一件落着にしました。コンパックさんの恐縮すること、すること(笑)。

 結局、終わってみれば会社のコンピュータが1台増えただけということで、わたしにとってこの1週間は何だったんだということになりました。
 まあ、NT Workstation のインストールを17回やりましたので、もう恐いものなどほとんどなくなったのが成果といえばいえるかな(苦笑)。
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2000.11. 6 (Mon.)
邪悪な Win NT 4.0 英語版アプリケーション

 かつかつ動く状況に持ってきたので中間報告します。要するに、日本語版 NT窓4.0 に、英語版のアプリケーションをインストールすると、日本語入力のできなくなるアプリケーションがあるのです。たとえば WordPad。わたしはホーム・ページを WordPad で書いているので、これは致命的。
 それにしても、あてがいぶちだったときには問題なかったのに、どうしてまっさらにして一からインストールしなおしたらこんな問題がでてきたんだろうSigh…
 基幹業務に使用しているアプリケーション、VB5 といくつかのアプレット、Crystal Report 6.0 がひっかかるみたい。これではわたしは仕事ができんですよ。
 会社は気前よくも、最悪の場合もう1台(完全英語版)持たせてくれるというから、まあそれほど崖っぷちっていうわけでもないけど。
 それにしても会社に30台以上ある NT窓で、なんでわたしのマシンだけが漢字が化けるかね。同じような環境のマシンは、最低でも5台はあるぞ。困ったもんです。
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2000.11. 5 (Sun.)
NT Workstationのインストール(お仕事)

 いやあ水・木の2日間で12回、再インストールを繰り返す羽目になるとは思わなんだ。参った、参った。
 しかも成功してない(爆笑の嵐)。

 実は、このマシンは入社時にあてがってもらっていたのですが、カーネルのところからなんか変で(笑)、OFFICE の再インストールができない、とか、Acrobat のインストールができないとか、いろいろと使い勝手が悪くて困っていたのです。

 仕事が一段落したので「よし」とばかりに懸案になっていたOSの再インストールをやってみたわけ。

 いや、はまった、はまった(現在進行形なのがますます涙)。流石にしうまつはほったらかしですが(笑)、さて明日出社して作業継続するのはいいとして、一体最後にうまくいくんだろうかという不安がいっぱいです。

 くわしいことは全部終わったらまとめて書きますね。
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